3月19日、桂米朝師匠が永眠された。
ちょうど新潟に帰っている時で、朝テレビをつけたらいきなり師匠が亡くなったというニュースが流れて、身体じゅうの力がすっと抜けた。
私は毎晩、寝る時に落語を聞く。というか、スマホから小さな音量で流れる落語が子守唄(笑)だ。
そんな習慣を続けている間に、お気に入りの噺家さん-心地よい眠りに誘ってくれる噺家さん-が二人できた。古今亭志ん朝さんと桂米朝さんだ。
それほど落語に詳しい訳でもなく、ただ若い頃から古典落語の中で語られる”時代の空気”みたいなものが好きだった。
特にこの二人が語る江戸や上方はとても生き生きとしていて、まるでその場にいるかのような臨場感がある。遊郭や裏長屋・泥棒やけちん坊の噺なんかでもどことなく”品の良さ”を感じて、いつからか選んで聞くようになった。
「こういうのが粋っていうんだな!」なんて分かったような事を言ってみるが、本当の”粋”が分かるのは十年ぐらい先だろうか、、。
今分かるのは、話芸のリズム感覚だ。
ビル・エバンスやキース・ジャレットの演奏の心地よさに相通じる至極のテンポ感と間の取り方、ブラッド・メルドーの変拍子演奏でも同様に感じる端正な音の流れーあるべき場所に音がある、大きな流れの中に的確な音があるという事。
落語の名人芸と、Jazzの名演に共通項が多くあるような気がしてならない。
心地よい眠りに誘ってくれるのは、脳が余計な事を一切考えずただただ気持ちが良いからだ。
古今亭志ん朝師匠は2001年に亡くなった。
桂米朝師匠が亡くなって、二人ともあちらに行ってしまった。
父も母も、紫式部も森鴎外もあちらに居るのだ。
あっちは随分と楽しそうだ....。なんか楽しみだなぁ....。
米朝師匠、ご冥福をお祈りいたします。
日本の素晴らしい古典芸能-落語の為のご尽力を心から尊敬します。
私は一生、落語が大好きだと思います!
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