音楽教室

小さい頃、母に毎週連れて行かれた音楽教室。

デパートの何階かにあって、大理石のように冷たく光る階段を母に手をひかれて一段づつあがる。

途中、母の手を振り払って階段の手摺にしがみついて「やだ~」と叫ぶと、困った母が「教室終わったら、デパートの食堂でクリームソーダ、食べよう!」と言う。

教室で何を教わったのか先生の顔も友だちの事も何一つ思い出せないのに、デパートの食堂のクリームソーダの事だけはいやにはっきり覚えている。

 

口のところが優雅にカーブした細長いグラス、緑色のソーダ水の中を小さな気泡がいくつもスーッと上っていってパチパチとはじける小さな音がする。

その上に綺麗にまん丸く浮かぶバニラ・アイスクリーム。

柄がもの凄く長いスプーンとストローが一緒に運ばれて来て、アイスクリームを先に食べるか、ソーダ水を先に飲むか、ちょっとだけ悩む。

どっちにしろ、アイスクリームがとけてソーダ水と混ざっちゃわないうちに早く食べようと焦るので、口の中がソーダ水の刺激とアイスクリームの冷たさでピリピリしてくる。

最後に氷の間に少しだけ残ったソーダ水を、母に気付かれないくらいの小さな音でズッと飲み干して、「終わっちゃった...。」、空のグラスを眺めると白い泡がところどころに残っていて、ストローの先でこすって吸って飲んじゃおうかなと一瞬考えて、でも母の方を見てやめとこっと思う。

何だか妙に細かい所まで覚えているものだ(笑)。

 

音楽教室を卒業すると、ピアノの個人レッスンに通った。

ほとんど練習しないので先生にも母にも叱られて、レッスンの帰り道、手を引かれて歩きながら母が私の手を無言でぎゅっと握るのが怖かった。

「みっちゃん、あそびましょ!」近所の友だちが呼びにくる。

「みっちゃんはピアノの練習があるから後でね!」母が玄関で言う声がして、鍵盤の上の指を見つめながら涙がぽろぽろこぼれる。ピアノが恨めしかった。

でも、母の好きなメンデルスゾーンの曲を上手に弾けた時、台所から出て来た母が私の顔を覗き込むようにして「いい曲だねぇ。」と涙ぐんで言ったので、ちょっと驚いて嬉しかった。

 

音楽大学に行くんだと私も家族もずっと漠然と思っていたのに、結局、私は新潟大学国文科に入学した。

 

どういう運命か音楽の仕事をするようになって思うのは、小さい時に嫌いで嫌いで泣きながら練習したピアノが、今の私にとって本当に大切な宝物になったという事だ。

音楽教室で子供たちを教えている知人に聞いた話だが、最近のお母さんたちは、子供の意志を尊重するといって我が子が少しでも嫌がるとすぐにやめさせてしまうのだそうだ。

子供なんて、我慢とか練習とか訓練とか自分から進んでやるとは到底思えないけどなぁ,,,,。

 

クリームソーダにつられて通った音楽教室、母の強い気持ちが私に一生の宝物をくれた。

母に本当に感謝している。

 

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コメント: 2
  • #1

    Yoko (木曜日, 15 11月 2012 14:17)

    美知子さんがピアノ嫌いだったなんてビックリ!!

    私も民謡やってたときは歌いたくなかったけど、幼なじみと行き帰りの車の荷台で振り回されてキャーキャー笑ってる記憶の方があるなぁ(笑)
    私も美知子さんみたいに一線に出れるよう頑張ります!!

  • #2

    michiko (木曜日, 15 11月 2012 14:35)

    yokoちゃん、民謡やってたの?
    どおりで声が前にすっと出てるよね!聴いてみたいなぁ。
    私はまだまだJazzの世界では駆け出しです、年は食ってんだけどね(笑)。勉強する事、いっぱいあるから何か楽しいよね。
    お互い、頑張ろ〜!