好きなもの

このブログを始めたきっかけは、ギャラリーの写真を撮ってくれたyukoさんが「日記のように、音楽や田崎さんの好きなものを気軽に書いてみたら?」と勧めてくれた事だ。

 

ブログかぁ、、大変そうだなぁ。

ピアノの練習・レッスンの仕事、ライブの準備もある、オリジナルだってたまってるし見たいDVDもある、両親の顔を見に新潟にも帰らなきゃ....。

いろいろ言い訳を考えてみた。

流行りの場所に遊びに行くとか美味しいものを食べ歩くとか、ここ久しくやってないなぁ....。音楽の事っていっても、華々しくデビューしてるんでもないし....。

ぐるぐる無理だ無理だと考えた挙げ句、突然、そうだ、源氏物語や鴎外、ポワロや小泉元首相の事を書いてもいいんだ!と思い当たったら、俄然やる気が出た。

 

私が高校生だった時、担任のN先生が生徒たちに「自分の好きな事、興味を持っている事、訴えたい事、とにかく何でもいい、言いたい事をまとめてみんなの前でスピーチをしなさい。」と言って、確か授業の始まる前だったかに毎日、一人5分間くらいの時間をくれた。

私は、”自分の好きな事”だったら絶対にポワロだった。

イギリスの推理作家アガサ・クリスティの小説の主人公、ベルギー人探偵エルキュール・ポワロ。

彼の言葉や行動や、フランス風お洒落や奇妙な性格や、何と言っても美しいまでに明晰な頭脳( ”灰色の脳細胞” )をみんなに伝えたかった。

私の番の前日は、何十編もの小説の中から大切と思う部分をそれこそ忘我嬉々として抜き出し、深夜、まとめあげたささやかな覚え書きを前に、”よっしゃぁ~”と一人にんまりした。

 

翌日、教室の黒板の前に立ってみんなの顔を見渡したら、クラスで数少ない女子という物珍しさもあって、かなりの期待感が漂っていた(笑)。    

( 新潟高校は、明治時代の旧制中学校を前身とするもともとは男子校で、私が在籍していた頃は1クラスに女子は8人ほどしかいなかった。)

緊張と嬉しさでどきどきしながらポワロの事を話しだすと、ものの数秒もしないうちに『なんじゃそりゃ?もうちょっと気の利いた事しゃべるかと思った....』てな冷たい空気がどっと押し寄せてきた。

えっ?どうして??

みんなもがっかりしたろうけれど、私はその百倍、がっかりした...。

 

その時の手痛い失望感があとを引いたのか、それ以降、自分の好きなものの事をあんまり話したくなくなった。話しても楽しい思いをする事はないだろう、そんな諦めがあった。

もし、シャーロック・ホームズや漱石、田中角栄や村上春樹を一番に好きだったなら、事情は少し違っていたのかもしれない(笑)。

 

yukoさんの勧めで、ブログを書く事を考えてみた。 

”好きなもの”を、誰にも気兼ねせず思う存分いいだけ好きなだけ自分の言葉で語る、、それは夢のように楽しくて素敵な事に思えた。

ブログ開設後、すぐにイズイズが源氏物語の話題を話しかけてきた。「田崎さんは、源氏の女性たちの中で誰が一番好きですか?」

ピアノの教室で、生徒さんがにこにこしながら言ってきた。「僕も鴎外、好きですよ。渋江抽斎は面白いですよね!」

思いがけない言葉を聞いてちょっとびっくりした。そして嬉しくなった。

同じものを好きと思う人の言葉が聞けて本当に嬉しかった。

 

高校生の頃の私は随分と臆病だったけれど、あれから”好きなもの”はどんどん増えた。”Jazzを弾く”という何よりも好きな事ができて、心も少し強くなったかもしれない。

いつかこのブログでポワロの記事を書く日の事を想像すると、今から高校時代のあの夜のようにわくわくしてしまうが(笑)、さすがに時を経て大人になった分だけ、ちょっとは冷静な感想を書けるのではないかと思う。

そして、今でも変わらずにポワロ・ファンでいる事にも気付いて、ちょっと感動した...。

 

 

NHK『名探偵ポワロ』( イギリス・LWT制作 )の名優デビッド・スーシェ。「アガサ・クリスティが見ていれば最も気にいった”ポワロ”になっていただろう」と言われている。