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2020年

2月

25日

総理!

日本の経済が大変なことになりそうで心配だ。

ネットでは、東日本大震災の時より悪くなるという見通しが出ていて、識者の見解がほぼ一致しているのが、”消費増税の影響”が大きかったということ。

今回の新型肺炎より以前の問題だと言うのだ。

ところが先日、政府は景気が穏やかに回復していると公式に発表した。

はぁ~?

 

なんだか安倍総理、最近やる気のない感じがするのは私だけかなぁ?

ほんと、どうしちゃったの、安倍総理?

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2020年

2月

14日

日本語は素敵だと思う

先日、銀行である手続きをしていて、渡されたパンフレットに”目論見書(もくろみしょ)”とあった。

金融関係では普通に使う言葉らしいのだが、”もくろみ”と聞いて、時代劇ファンとしては何となく『エチゴヤ的な悪巧み』を連想してモヤモヤした。

目の前の若い行員さんの晴れやかな笑顔をチラッと上目で見て、安心したのだが、、。

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2020年

2月

13日

マスク

昼間、パン屋さんに買い物に行った。

なんとなくマスクをして行ったのだが、おかみさんが「マスク、今、どこに行っても売ってないですよ。昨日、ドラッグストアー3軒行ったけど売ってなくて、、。」と途方に暮れていた。

 

八百屋さんに行ったら、おじさんとおばさんが「マスクなんてしてもねぇ。手洗いよ、手洗い!マスクなんか無駄。」と言う。

 

咳をしている人が近くにいるともの凄く不安な気持ちになる、電車に乗れば外国人がいるかな~と疑心暗鬼だ。

でもマスクをしていると息が苦しい。

ネットも情報錯綜状態で、もうどうすりゃいいの?

久しぶりにストレスを実感した。

 

って事で、読みたかった本を買って観たかったDVDを借りてきた。

いわゆる「正常化バイアス」ってやつかな、街中がマスクだらけで逆に安心かも、と思ったりしている。

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2020年

1月

27日

新型肺炎

新型コロナウィルスによる肺炎が大変なことになっている。

国内の報道では楽観的な意見が多いが、専門家の間で相当深刻な状況になる可能性が高いと言われている。

 

もしパンデミックが起きたら、、、なんて恐ろしい事を考えたら、昔見た映画を思い出した。

『アウトブレイク』(1995年・米)  ダスティン・ホフマン主演。

確か、アフリカの小さな猿が感染源だった。

現実にはあり得ないSFみたいお話だと思っていたが、、。

そういえば『相棒 』(TV朝日)で、研究室で秘かに作られた細菌兵器が外部に持ち出されてしまう、なんてエピソードがあったなぁ、、。

 

さすがにあの国でも、そんな無茶苦茶なことになってないよね?

 

これからしばらく、どこへ行くにもマスクは必携のようだ。

 

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2020年

1月

26日

猫について -Part2-

『トムとジェリー』という米国のアニメがある。

1940年から製作されているというから、超ロングセラーの人気アニメだ。

うちの近所の小児科医院でも、待合室のテレビで子供たちが見ていたりする。 

 

猫のトムが、ネズミのジェリーをひたすら追いかけ回すドタバタ劇なのだが、塩コショウ振りかけて丸焼きにして食べちゃうぞというトムの邪悪な欲望が、ジェリーのスマートな機転と策略によって、毎回、見事に打ち砕かれる。

トムのやられ方があまりにコテンパンなので、こちらが泣けてくるほどだ。

いつも喧嘩ばかりの仇同士なんだが、時に共通の目的が生じたりすると、仲良く手を取り合って大奮闘する。

見る毎に、2人(2匹?)を愛さずにはいられなくなってしまう。

さすがアカデミー賞を受賞するだけあるのだ。

 

トムを見ていて思うのだが、そこそこ賢いのだけれどどこか抜けているというのが、一般的な猫のイメージらしい。

大昔、干支に入れるか入れないかって時にどじを踏んだみたいだし、未来のドラえもんも、ネズミ型ロボットに耳をかじられて大泣きしているから、古今東西、わりと正しい猫像のようだ。

本当に悪賢いヤツは別にいて、上手く立ち回ろうとして下手を打つダメな時の”ルパン三世”と微妙にかぶるキャラクターかも、、。

 

でも、本当の猫は、さすがライオンや虎と同じ祖先を持つ勇ましい戦士だ。

実家にいたオス猫は、勢力争いかメス猫をめぐる争いでどこかのボス猫と死闘を繰り広げ、耳を食いちぎられ傷だらけで帰って来た。

自分と同じくらいの大きさのカラスとガチで戦い、戦利品としてそのカラスの死骸を家の中に引きずってきた猛者猫もいた。

子猫のうちから、トカゲや昆虫を追いかけておもちゃにして遊ぶ。

猫は、狩りをする動物なのだ。 

爪をとぎ、鋭い牙で肉を食む。敵を威嚇するときの形相は、エイリアンさながらだ。

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2020年

1月

18日

猫について -Part1-

猫派と犬派、好みがわりとはっきり分かれるので、性格判断によく使われるようだ。

猫派は気まぐれ、犬派は誠実とか、恋愛の攻略法にも一役買っているらしい。 

 

私はどちらかと言えば、猫が好きだ。

犬のあの真っすぐな眼差しがどうも苦手だ。

何かを期待されているようで、どうも落ち着かない。

忠実さの後ろにある諦念というか、運命を悟ったような悲しみを感じて、こちらの勝手な思い込みなのだがすごく可哀想な気持ちになって、手を(足を?)とって「大丈夫だからね。」と励ましたくなってしまう。

 

そこへいくと猫たちは気楽だ。

自分のこと以外、ほぼ関心がない。

そのくせ餌をくれる人は誰かちゃんと分かっていて、お腹が空くと甘えて擦り寄ってくる。

その小賢しさがなんとも微笑ましい(笑)。

そんな自分勝手な集団の中に、たまに、親とはぐれた子猫や頼りない若い猫たちの面倒をみようとする心優しい大人猫もいる。

たぶん、人間で言えば”民族”のような違いが猫にもあるんだろう、私の家にいた10匹(!)くらいの猫たちも、それぞれの個性や性格があった。

 

でも総じて、猫たちは人間を”主人”とは思っていないし、自分の子分くらいに思っているツワモノもいる。

そこらへんが、犬と大きく違うところだ。

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2020年

1月

09日

☆2020年☆

遅ればせながら、明けましておめでとうございます!

今年もどうぞよろしくお願いします。

 

ネットでFBを見ていたら、日頃お世話になっているライブハウスのスタッフ一同が、黒服に猫ヒゲでキメポーズしていたので、思わず「猫、Kawaii~!」とコメントした。

するとすぐ、「アハハ 💦 田崎さん ネ・ズ・ミ」と返事が来た。

む~、そっか、、。今年の干支はネズミだった、、。

ネコ年だったらよかったのに、、。

 

ついでだから、「なぜ猫年がないのか」ネットで調べてみた。

 

お伽話のようなお話はいろいろあるが、これといった明確な説明はないようだ。現在の干支が始まった中国・後漢の時代、猫がそれほどポピュラーな動物ではなかったというのが一番尤もらしいが、私は、最初に干支の動物を決めた人が、強力な猫アレルギーか極端な猫嫌いだったんではないか、と睨んでいる。

実際、私の知人が猫アレルギーで、大昔にもアンチ猫派は相当いたはずだ。

それか、トラに含まれちゃったとか、、。親分のトラが入っているから、君はいいよね?とか、、。

 

想像の動物-竜まで干支に入っているのに、こんなに身近な猫がいないなんて、改めて気付けば残念でならない。

 

新年早々、わが愛する”猫”についていろいろ考えてみた。

因みに、私の家にペットはいない。

 

***次回に続く*** 

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2019年

12月

31日

2019年

大晦日にあたり、今年一年を振り返ってみた。

一言でいうと、私なりの”区切り”の年だった。

 

新潟の実家を手離した事、長く続いた東京新潟生活から完全に東京に軸足が移った事、自分のピアノスタイルを見つけた事、Jazzを仕事にして初めて仲間と呼べる人たちを実感した事、音楽的な目標を具体的にした事、、。

 


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2019年

12月

27日

父母の写真 -Part2-

写真の山を前にしてまず考えたのは、どういう目的で残すのか、という事だ。

この写真を大事と思う人が私しかもういないのだから、単純に考えれば、私がこれからの人生で、父や母に会いたくなった時に見る写真だけを残せばいいということになる。

ふ~ん….。まぁ、ちょっと気が楽になったところで、作業に取り掛かった。

 

私は結婚したことがないので、夫婦というものが実際どういう関係なのか、よく分からない。

恋人同士のように仲良く並んでピース写真を撮るなんてことは、まずないのだろう。

父と母が二人で写っている写真がほぼ無くて、ちょっと驚いた。

母は機械オンチ、私は写真嫌い、父もカメラに殆ど興味がなかったから、当然の結果と言えばそうなのだが、父は母が大好きだったのに、、と思って少し意外だった。

毎日顔を合わせていれば、写真という記録媒体などお互い必要なくなるのかもしれない。

よく”空気みたいな存在”、とか言うしなぁ、、。空気の写真を撮ろうと思わないのと同じ感覚なんだろうか?

うむ、”夫婦”という人間関係は、なかなか興味深い、、。

なんて考えだすとまたまた長くなるので、この件は飛ばすことにする。

 

父は会社関係、母は趣味の会やらで、それぞれ集会や旅行が年間通して多数あり、大量のスナップ写真が、小分けしたビニール袋の中でごちゃ混ぜになっている。

昔の写真は、現在のように日付が付いていないので、一緒に写っているメンバーや服装から推測して、なんとか年ごと月ごとに分類してみた。

探偵とか警視庁鑑識課の人になったみたいで、こういう作業、嫌いじゃない(笑)。

いったん整理など始めると、嬉々として何時間でも没頭してしまう。

押入れの整理とか、本棚の整理とか、ほとんど趣味に近い。

 

さて、一つ気が付いた事がある。

父も母も、カメラ目線のショットでは普通にお澄ましなのだが、それ以外では実に表情豊かでお茶目なのだ。

特に父は、お腹の底から笑う声が聞こえてきそうだった。

よそ行きの表情なんだろうか?

私は、これが本当の父と母なんだと思った。

小さい頃から、ちょっと怖い母、優しくて無口な父、と思ってきたけれど、本当は二人とも開けっぴろげでめちゃ楽しい人で、私はそれをあまり知らずに、そう感じずに来たのだ。

 

父と母の笑顔の写真を選り分けて探すうちに、二人の若い頃の白黒写真が出てきた。

ポーズを取った母は輝くほど愛らしく、父は黒髪がフサフサしていてめっちゃびっくりした。

二人がそれぞれ過ごした青春時代を、あれこれ想像してみた。

友だちと旅行したり、映画を見たり、ご飯を食べに行ったり、。

そして二人は出会い、結婚して私が産まれた、、。

 

さらに、父と母の小学校の卒業アルバムまで出てきて、二人ともさぞかしやんちゃな子供だったろうとニヤニヤした。

祖父や祖母、親戚の叔父ちゃんや叔母ちゃん。

会社の同僚、旅行や趣味クラブの仲間たち。

父と母の人生を、まるで映画を見るように追体験した気がした。

バックに流れる感動的な音楽もセリフもない、一部白黒の作品だったけれど、心が暖かく懐かしくなって、もう一度見たいと思う珠玉作( 私だけの.)だった。

 

いつかまた会えるよね?

整理を終えて、東京に送るダンボール箱にしまいながら心の中で呟いた。

 

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2019年

12月

07日

父母の写真

先日、新潟の実家の売却が決まった。

 

20131月に父が倒れ、急遽、新潟に居を移した。

母一人ではいろいろと無理なので、一刻も早く帰る必要があった。

新潟では、慣れない家事をふうふう頑張り、父がいる病院にほぼ毎日通った。

4ヶ月後に父が亡くなり、その9ヶ月後に母が、父を追いかけるように亡くなった。

目の前の出来事があまりに次々移り過ぎていって、とても現実の事と思えなかった。

一周忌が終わっていろいろな手続きが済むと、ぼんやりと東京に戻ることを考えた。

偶然、以前住んでいた所から目と鼻の先にあるマンションに空室を見つけ、20146月に引っ越した。

 

いやぁ、めまぐるしかった、、。その間の記憶が所々、見事に飛んでいる。

頭の中のほんの一部分だけが一生懸命に働いて、日々、初めて経験するようないろいろな出来事を何とかこなしていたような気がする。

脳と心の大部分が、ほとんど停止状態にあった。

 

東京に戻ってから4年間は、ずっと毎月、新潟の家に帰っていた。

父と母の生活の余韻を惜しみ、地元の友人たちや親戚と会って昔話で盛り上がった。美味しい物もたくさん食べた。

終の住処を東京にするか新潟にするか、そう迷うこと自体が、今思えば幸せな時間だった。

 

今年の春、新潟の家を処分することを決めた。

この家は父と母の家なのだ。父も母も居なくなったこの家は、あの時から少しずつ魂が抜けて行って、もうほとんど空虚な顔になりつつあった。

そう気付いたら、私が最後を見届けないといけない、と思った。

 

遺品の整理は、思い出に浸りながらゆっくりゆっくりやるので遅々として進まない。

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2019年

11月

18日

香港

香港が大変な事になっている。

中国が一国二制度の約束を破ろうとしていて、市民たちが激しく抵抗している。一時は収束に向かうと思われたが、最近はさらに混乱が過激化しているようだ。国連などの国際社会は、ただ遠巻きに眺めている。

 

十数年前、香港でJazzの仕事をした。

香港に支社を持つ日本の会社が、お得意様たちを招くビクトリア湾周航のクルージング・パーティを企画して、女性三人( 歌とサックスとピアノ )で演奏する事になった。

海外でJazzの仕事なんて初めてだったし、船上パーティも初体験だったので、普通に観光客気分でワクワクした。

 

初秋の香港は絶好の観光シーズンで、訪れたたくさんの人たちで空港も忙しそうだった。

夕闇迫る頃、クルーズ船に乗り込んだ。

心地良い秋の夜風に吹かれながら、遠く船上から眺める「100万ドルの夜景」は、さながらキラキラ輝く宝石のようで妖しく美しかった。

デッキには、粋に着飾った老若男女がグラス片手にそぞろ歩いている。

夢見心地で演奏を始めたが、中型のクルーズ船だったせいか、譜面と鍵盤に集中するうちに気分が悪くなった。

「やばい!」と思ったら、ますます船酔いは悪化した。

他の二人を見ると、サックスの女性は顔が真っ青で、既にギブアップ状態になっている。

結局、歌とピアノでなんとか乗り切り、その後は楽屋で全員ぶっ倒れていた。

弾く前に飲んだカクテル、ちょっと量が足りなかったようだ、、(苦笑)。

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2019年

11月

11日

天皇陛下御即位

9日「天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典」と10日「祝賀御列の儀」。

ライブ動画を見ながら、ここまで皇室は愛されているんだなぁ、と驚いた。

 

以前このブログで書いたが、30年くらい昔に偶然、東京駅で上皇上皇后両陛下をお見かけした。

遠くからだったにも関わらず、はらはらと涙が溢れた。

自分でも「なんで~?」と思って、若い頃の”不思議体験”として覚えている。

なぜなら、当時は皇室について考えたこともなかったし、社会にはどちらかといえば否定的な空気まであったような気がする。どうして涙が出たのか、全く心当たりがなかった。

 

今、こうして天皇皇后両陛下のお姿を見ながら、誇らしさと嬉しさと敬う気持ちがないまぜになって感動している。

あの時の涙の謎が、ちょっと解けたような気がした。

 

国民祭典に参加し、沿道で日の丸を振る何万人もの人たち-日本の国民が一つになって、陛下に誠心誠意のお祝いの気持ちをお伝えしていた。

派手さや煌びやかさはないが、心が通じ合う美しい催しだった。

これが、日本の国体なのだとしみじみ思う。

 

あの織田信長でさえ敬った天皇という存在は、日本の歴史や伝統という意義を超えて、国民のDNAと言ってもいいほど根深く刻まれた心の拠り所のようなものじゃないだろうか。

( まぁ、そうじゃない人たちも一部、いるけれど、、。)

 

パレードの日は爽やかに秋晴れ、即位礼正殿の儀の日には突然の虹が出た。

神さま( 神さま達?)に見守られているみたいだった。

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2019年

10月

14日

台風

前回の記事で、TVは見ないと書いた。ちょっと怒りながら書いた。

でも、今回のハギビス台風の件で、TVが無いと災害に対する危機感が共有できないのだと痛感した。

 

もちろん、大型台風が来るのは知っていた。

ネットニュースでもちゃんと伝えていたし、「そっか、また台風が来るのか、、。」くらいは思っていた。

でも、超・超・大型台風であるとか、一生に一度あるか無いかの凄い台風だとか、東京23区の三分の一が被害にあうかもだとかは、全く知らなかった。

「虎ノ門ニュースばっか見てんじゃないよ。」と言われそうだ(笑)。

 

木曜日にライブをやったお店では、周りの人たちが本当に心配そうに話していて、2日先の土曜日のライブ/セッションが都内近郊、どのお店でも早々に中止になるらしかった。

帰り道、台風情報の衝撃で頭がクラクラした。

 

土曜日夕方からずっと家に引きこもって、ジグソーパズルなんかをやりながら、どんな凄いことになるのかとドキドキしていた。

雨が激しく降って、夜になると強い風がビュービュー吹きだした。

いよいよだ、、。やっぱり風の吹き方が尋常じゃないな、、。これからもっともっと凄い事になるのか、、。

 

と考えていたら、いつの間にか寝てしまった -_- zzz…

 

朝一番、外を見たらすっかり晴れていて、ネットニュースを検索すると各地の被害が多数、報道されていた。

亡くなられた方もいると知って、本当に大変な災害だったんだと改めて思った。

うちは鉄筋コンクリートだったから、大強風の怖さをあまり感じないで済んだのだ。

 

JR各線が運休になっている中、我が西武線がゴトゴト動いている音が窓から聞こえてきて、ちょっと誇らしい気持ちになった。

やるな~、西武線!

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2019年

9月

24日

TVとインターネット

今月に入って3日ほど、新潟の実家に帰っていた。

新潟大学国文科の同窓会があって、昔の仲間たちと大いに盛り上がった。

 

新潟の家には居間と寝室にTVがある。( 東京の家にTVはない。)

朝ごはんを食べながら、話し相手もいないのでしょうがなくTVをつけて『NHKニュース』、民放の『ワイドショー』なんてのを見ていたら、まぁびっくりした。

NHKはおよそ公共放送とは思えない報道をしているし、民放はお茶の間の話題にふさわしくない政治ネタを延々面白おかしくやっている。

なんか酷いことになってるなぁ、、と思って見るのをやめてしまった。

 

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2019年

9月

19日

@吉祥寺

吉祥寺は大好きな街だ。

先日、吉祥寺で仕事だったので、少し早く行ってプラプラしようと駅を出たら、街中何やら騒然としていた。

遠くに陣太鼓のような和太鼓の音がどんどん鳴り響き、町の顔役のような恰幅の良いおじさま達が揃いの浴衣を着てゆったり歩いている。

いつもはスマートでエレガントで、モンマルトルのような( 行ったことないけど、、)雰囲気の街が、一体どうしたことか、今日は”江戸”だ。

 

、、あ、お祭りかぁ!

 

大通りからちょっと入った路地にテントを張って、奥に酒樽がいくつも積み重ねて置いてある。威勢のいい法被姿の若者たちがきびきびと準備に働いていた。

丸井(マルイ)のお洒落なエントランス前に、可愛いお神輿が鎮座している。

吉祥寺村の氏神さまがこれに乗って「どれどれ、みな息災であるか?」と町中を見て回るのだ。

なんか良いなぁ、、。江戸とパリがごちゃ混ぜになってる。

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2019年

8月

31日

眉毛

最近よく一緒に演奏するドラムのF氏。

演奏も人柄も大好きなんだけれど、一つだけ気になっている事がある。

どうも彼は、私の眉毛をちょいちょい見ている、話をしていても視線が眉毛に行っているような気がするのだ。

特にお酒を飲むと、上下にぴこぴこ動かしたり思い切り中央に寄せたりして、私の真似だと言う。

そんな筈はない、冗談も過ぎると思ったが、ふと、ある出来事を思い出した。

もうずっと前、若かった頃のことだ。

 

24歳の時、虫垂炎を拗らせて2ヶ月近く入院した。

手術後、病室に来た母が、私の顔を見るなり唐突に「眉毛だけは毎朝、書きなさい。」と言った。

母は思ったことをそのまま言うタイプで、それは私も同じだから、何も考えずに素直に従った。

アイブローペンシルは、退院するまでベッド脇の棚にいつも置いてあった。

 

私はへの字眉で眉山の部分が特に薄い。ぱっと見で眉毛がないように見える。  

それでいて目ヂカラは怖いくらい強いらしく、若い頃は特にそうだった。

目ヂカラ強くて眉毛がないっていうのは、想像するとかなり怖い。

入院中で長い黒髪がざんばらだし、母はきっと、私を見てぞっとしたのだ(笑)。

 

「眉毛だけは書きなさい。」という、その時の母の言葉がちょっとした強迫観念になった。

”お化粧を上手くなろう”という女性らしい意欲が少しでもあればまた違ったんだろうが、眉毛だけ、特に念入りに書くようになった。

職業柄、仕事仲間は殆ど男性だったが、「みっちゃん、今日の眉毛、太過ぎ。」とか「左右、違う。」とか「書き過ぎ」「濃すぎ」とか、まぁいろいろ言われた。

きっと違和感ありまくりな眉毛だったんだろうと思う。入魂の作だったが、、。

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2019年

8月

25日

コーヒー

私はコーヒーが好きだ。

毎朝、大きなマグカップに2杯は飲む。

スーパーで買って来た中細挽き粉をコーヒーメーカーで淹れるのだが、カップ片手にインターネットのニュースをチェックするのが長年の習慣だ。

コーヒーと国際ニュースはぴったり合う、、ような気がする。

 

ある朝、大事なコーヒーメーカーが突然、うんともすんとも動かなくなった。

仕方がないので、どこかにドリッパーがあったはず....と家捜しをして、ようやく朝の手淹れコーヒーにありついた。

 

一口飲んで驚いた。

同じ安物の粉なのに何て美味しいんだ。

香りと苦味がいつもより増しているような気がする。

ふ~む、このコーヒーメーカーは「なかなかの優れもの」とどのサイトでも高評価だったが、やはり手淹れにはかなわないのだな。

”手間を掛けることの価値”について再考察した。

 

さて、一旦こういう体験をすると、さらに、と思うものだ。

高級な粉に変えてみようかなぁ、、と思った矢先に偶然、とても有名なお店の挽きたて粉を頂いた。

 

もう信じられない程の芳しい香り。

ああしろこうするなのたくさんの注意書きを隅々までよく読んで、コーヒーを淹れることが一種の”儀式”と感じられるようなハイグレードな境地に至った。

 

そこまで高価なものを毎朝、という訳にはいかないので、最近は”そこそこ良いもの”に落ちついている。

そんなにたくさん飲みたいとも思わなくなった。

上質なものをゆっくり味わって、と思うと量はそんなに必要なくなるのだ。

まぁ、今さらな感想なのだが、、。

 

ゆとり生活、突入だな。

これからは「ゆっくりゆったりライフ」だ。

因みに、ニュース検索の速度は変わっていない、、と思う。

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2019年

8月

15日

終戦記念日に。

今日は終戦記念日だ。全国民が黙祷を捧げる。

 

厚生労働省のHPには、「国民の皆さま、戦没者に対し、それぞれの職場やご家庭などで正午から1分間の黙とうをお願いいたします。」とあり、昨日のニュースでは、菅義偉官房長官が「戦没者をしのび、心から黙とうをささげられるよう切望する」と、談話を発表していた。

 

原爆や空襲で亡くなられたたくさんの人たち、そして国の為に戦って尊い命を落としたたくさんの兵隊さんたち。

 

数年前に『硫黄島からの手紙』(米・2006年)を見た時、涙が止まらなかった。

硫黄島では、米軍の日本本土攻撃を遅らせるという軍事作戦のために、2万人以上の日本人が暑さと飢え・渇き、凄まじい戦闘の恐怖と戦いながら死んでいった。

普通に暮らしていた街のパン屋さんや町内会の若者たちが、突如、過酷な戦場に駆り出される。”赤紙”一枚で、一般人が軍隊に放り込まれ、国の為に命の犠牲を強いられたという事実に言葉を失った。

 

もうね、過酷過ぎて信じられない。

いくら大人しい日本人でも、日本という国、そこで暮らす家族を自分が守るというもの凄く強い思いがなかったら、とても無理だったんじゃないだろうか。

きっと軍人も一般人も、ほぼ同じ目標・気持ちを共有していたと思うのだ。

 

都内の某ライブハウスで演奏した時、そこのママさんが、私の愛国右翼っぷりに気を許したのか、

「私の父は陸軍の軍人でした。なかなか人に言えませんけどね、、。」と、ぽつっと言った。

なんで人に言えないんですか~!私たちの国の為に戦ってくれたんじゃないですか~!

何というか、もの凄く悲しい気持ちになった、、。

 

太平洋戦争における軍部の暴走に関しては、いろいろな意見や批判がある。

本当に悲惨すぎる作戦もあった。

でも、国を守るという任務に対する忠実さに、少しも疑いはなかったんじゃないだろうか?

理性的な歯止めとなる仕組みがなかった、組織がちゃんとしていなかった、古いやり方を修正できなかった、いろいろな理由がきっとあったんだろう。

 

いつか自衛隊が国軍として認められ、国民が軍人さんに心からの信頼と尊敬を持つ、そんな普通の国になると良いなぁ、と思う。

強い軍隊を持つ国には、どんな国も下手な手出しをしないものだ。

国防ってそういう事だと思う。

戦争をする為じゃなくて、戦争を”避ける”為に軍隊を持つという考え方もあるんじゃないだろうか。

 

15日正午、靖国神社に向けて黙祷。

 

「日本の為に、私たち子孫の為に、本当にありがとうございました。

日本はこれからきっと、もっともっと良い国になります。

どうぞ見守っていてください。」

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2019年

7月

21日

略語のこと

日本語は、略すのが大好きだ。

 

セクハラ、モラハラ、デパ地下、メタボ、コスパ、ガラケー、グラドル、カキコ....一般用語として多くの略語が定着している。

( ”あけおめ”を最初に聞いた時は、さすがに「なんだかなぁ、、。」と思った。”明けましておめでとうございます”--年賀状を何枚か書くと長過ぎて疲れてたけれど。)

自民 立民、経団連....、お堅い政治や行政の世界も略語だらけだ。

革マル派なんて、可愛らしい事をするグループかと思っていた。

( ハハ、冗談です ^ ^;; )

柴錬、勝新、N響....日本を代表するような芸術家たちにも容赦ない。

Jazzの世界では、ナベサダ、ヒノテル、マニアックな所だと、ジョーヘン、ジョンスコ....。

 

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2019年

7月

21日

京アニ

718日。京都で史上最悪の放火事件が起こった。

 

仕事先のライブハウスで、メンバーがタブレットでニュースを見ながら呻いた。「また死亡数が増えた、、。」

その数を聞いて、本当にやり切れない気持ちになった。

京都アニメーションは、日本のアニメ文化を支える「至宝」とまで言われる会社だと聞く。

 

亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りします。

失われた才能の価値は計り知れない。

犯人には、猛烈な怒りしか感じない。なんでこんな事を、、。

 

ここで、不謹慎な告白をどうか許してください。

「京アニ」と聞いて、一瞬、誰かのお兄さんの事かと思ってしまいました。

京都アニメーションの通称だったのでしょう、アニメに疎い私は初めて聞く名前でした。

インターネット・ニュースの第一報も、確か「京アニ火災」で、最初何のことか分かりませんでした。

ニュースはちゃんと、”京都アニメーション火災”と見出しをつけた方が良かったのでは、と思います。

見出しは大事だし、私のようにTVを全く見ない人もいますから。

 

そんなこんなで、日本語の略語について、ちょっと考えました。普通の一般的なレベルで、、。

 

次回、書きたいと思います。

 

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2019年

7月

12日

『やさしい』

あるインターネット番組を見ていたら、中国から日本に帰化した人気論客・石平さんが面白い事を言っていた。

 

「中国語には、日本語の『やさしい』に該当する言葉がないんです。」

 

石平さんが大学生だった頃、後輩の中国人女性から恋愛相談をされた。

彼女は日本人男性と交際していたのだが、彼の性格を石平さんに説明しようとして、それまでずっと中国語で話していたのに突然、『やさしい』という言葉だけ日本語で言ったそうだ。

彼女は、『やさしい』を表す中国語の単語をとっさに見つけられなかったのだ。和中辞典を調べると、『やさしい』の項には沢山の説明がつくらしい。それもとても良い意味の単語がズラリと並ぶ。

 

「『やさしい』は、中国人にとってもの凄く”徳がある”という事です。

日本人は『やさしい』人が多い。つまり、日本は人徳者ばっかりという事ですわなぁ(笑)。」

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2019年

6月

30日

G20 in 大阪

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2019年

6月

19日

ワールドフラッグス

今月28日~29日、大阪でG20サミットが開かれる。来年は東京オリンピックだ。世界の人たちの関心が日本に集まる。

その関連なんだろうか、インターネットで面白い画像を見つけた。

 

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2019年

6月

12日

皇室と神道

日本の皇室は神秘的だ。

我々庶民とは、全く異なる次元に存在しているように思われる。

それは、天皇家が神道の最高責任者の地位にあるから。

天皇の最も大事なお仕事が「祈り」であるから。

皇室は神々とつながっているのだ。


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2019年

5月

23日

亀卜

天皇陛下ご即位に伴う一連の儀式の中で、『斎田定点の儀』が13日午前、皇居宮中三殿の神殿前で行われた、というネット記事を見た。

『斎田定点の儀』とは、11月に行われる一世に一度の重要な祭祀・大嘗祭で、神々に供える米をどの地方で育てるかを決める儀式だそうで、記事には掌典職員という人たちの写真が載っていた。

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2019年

5月

09日

令和元年

十連休も最終日となった56日。

朝ご飯を食べながらインターネット番組を見ていたら、司会者とゲストが和やかに話していた。

 

「〇〇さん、この連休中に令和を実感する機会はありましたか?」

「いやぁ、住民票を取りに行くとかしないと、あんまりそういう機会ってないですねぇ。」

 

う~む、私は昨日、めっちゃめちゃ実感した、、。

 

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2019年

4月

29日

ひとりごと

父と母と私、居間で朝食を食べながらTVを見ている。

父はたいてい、老眼鏡をかけて新聞を読んでいて、時折りTVの方に目をやる。

 

ニュース      私「このアナウンサーの眉毛が凄い!」

                  母「うわー、ほんとだー。」

 

朝ドラ 私「こういう時にこんな事言うはずないじゃん、脚本家とか何を、、」

    母「面白いんだから黙ってれ!」

    私「だって、★〆※↓∞〓・・・」

 

ワイドショー 私「このコメンテーター、変なことばっか言う。」

       母「あ、あべちゃん、、♡」

       私「おかしいよ、こういう報道のやり方は。★〆※↓・」    

 

父「、、お前たちはTVぐらい黙って見てられないのか!」

 

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2019年

4月

10日

『遊星からの物体X』

『遊星からの物体X』は、超有名なSFホラー映画である。(米・ジョン・カーペンター監督)

”超有名”と言っても、たぶんホラー・ファンの間でだけなんだが、、。

製作は1982年。同系のSFホラー『エイリアン』が世界的大ヒットした3年後に発表された。

映画のストーリー自体は既に1938年にあって、『エイリアン』の成功でようやく制作会社が重い腰を上げたという事らしい。

(当初は、1951年に公開された『遊星よりの物体X』のリメイク企画だった。)

 


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2019年

4月

01日

改元

430日で『平成』の世が終わる。

 

元号は廃止するべきだと言う人がいて、確かに西暦と元号を一緒に使うのは面倒だと感じる時がたまにある。

でも、世界で元号を使うのは日本だけだということを知ったら、むくむくと誇らしい気持ちがわいてきた。

改めて考えてみると、元号は日本の歴史と密接に結びついている。国の歩みの足跡みたいなものだ。

 

大化の改新、大宝律令、和同開珎、天平文化、保元・平治の乱、文永・弘安の役、建武の新政 、応仁の乱、天正遣欧少年使節、慶長小判、明暦の大火、元禄の討ち入り、享保の改革・寛政の改革・天保の改革、安政の大獄、明治維新、大正デモクラシー、昭和恐慌、、。

 

ふ~、ちょっと調べただけでこんなにある、、。

 

こういう大きな事件を元号と絡めて記述するって、もの凄く便利な事じゃないだろうか。

もちろん、西暦と併せて記さないと前後関係があやふやになる。

結果、日本史のテストを受ける学生にとっては暗記量倍増で可哀想な事になったが、例えば、”646年の革命”、”1701年の討ち入り事件”と言われて、その出来事を時代と関連づけてイメージするのはちょっと難しい。

でももし、飛鳥時代とか江戸時代とか大きな時代分けとは別に、それぞれの出来事に小さなカラー付箋が付いていたらどうだろう。

その付箋の色や形を何回も目にして見慣れてくると、きっと、ちらっと目にしただけであるイメージが浮かぶようになる。

元号は、便利なカラー付箋のような機能があると思うのだ。

 

慶應大学、明治大学、明治製菓や大正製薬、、。学校や企業だって、歴史の中での立ち位置が明確に分かる。

 

グローバル化を叫ぶ人たちは、日本を他の国と同じようにしたくてたまらないのだろうが、どっこい、日本は日本だ!

外国とは出来るだけ仲良く、良い考えはどんどん取り入れる。でも、日本の国柄はしっかり頑固に守ってもらいたい、文化も伝統も。

こんな事を書くと、また「極右★」とか言われるんだろうなぁ….(笑)。

 

今日の午前、新元号の発表があった。

”令和”の出典は『万葉集』。従来、中国の文献から選んでいたのを改めて、歴史上初めて!国書を典拠にしたのだそうだ。

 

これは快挙だ。すごく良いことと思う。

今までの慣例や踏襲してきたやり方を、本当にそれで正しいですか?ってもう一度考え直してみる、社会も政治も、”変化”について議論して初めの一歩を踏み出す。

これから、たくさんの一歩があらゆる分野で踏み出されるかもしれない。

みんなで一度問題に向き合ってみようという流れが、少しづつ生まれてくるんじゃないかって気がしている。

 

今日の首相官邸/新元号記者会見は、そんな時代の先触れのようだった。

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2019年

3月

20日

非日常生活

夕方5時過ぎ、武蔵境のライブハウスに向かってテクテク歩いていた。

その日のライブは私がリーダーだったので、駅を出てからずっと、曲のイメージやどんな構成にしようかとか、とにかくあれこれ考えながら歩いていて、もうすぐお店に着くというタイミングではたとスマホがない事に気付いた。

 

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2019年

3月

03日

不如楽之者

論語というと、「男女七歳にして席を同じゅうせず」とか「女子と小人は養い難し」とか、ちょっと古臭い道徳の教えだと思っていた。

「天網恢々、疎にして漏らさず-老子-」。政治家が国会なんかで威勢よく言うけれど、昔の偉人の教えはさすがに的確だねぇくらいにしか感じなかった。

 

最近、たまたま出会ってめちゃめちゃ心に残った論語の格言がある。

 

「之を知る者は、之を好む者に如かず。

之を好む者は、之を楽しむ者に如かず」

 

ジャズにぴったりな言葉だと思った。

 

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2019年

2月

19日

5G

先日のセッション・休憩時間中に、IT情報に詳しいお客さんが凄い事を言っていた。

「近いうちに5Gになって、普通にインターネットでアメリカのミュージシャンとセッションできるようになる。」

5Gというのは、第5世代移動通信システム=次世代無線通信システムのこと。

大容量の情報を、高速・リアルタイムに送受信できるようになるらしい。

 

む~、ほんとに凄い事だ、、。

MIDI規格が出来た時も、目の玉が飛び出るくらいに高価だったサンプラーや録音機材があっという間に安くなってアマチュアユースになった時も、初めてYouTubeでエヴァンスが弾いている姿を見た時も、やっぱり「お~、凄い!」と思ったけれども、今度の5Gは桁違いな気がする。

 

車の自動運転やインターネット通信の進歩、宇宙旅行の商業化。

一昔前、優れた技術は一部の専門知識を持った人たちだけのものだったが、今は一般庶民が簡単に使えるようにどんどん進化している。

SFの世界が日常になろうとしているのだ。

 

そして、そんな技術革新の大きな流れの中で起きているアメリカと中国の覇権争い。

その戦いはサイバー空間や宇宙にまで及んでいて、実際にアメリカでは「宇宙軍」、日本の自衛隊には「宇宙部隊」が近く創設される予定だ。

 

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2019年

2月

14日

ポワロ -Part11-

このポワロ・シリーズ。去年10月から始めてPart11まで来てしまった。

ここら辺でひと区切りつけないとまだまだ続きそうなので、あと2つの事だけ書いて終わりにしようと心に決めて、つらつら以前の記事を眺めていた。

すると、数年前にそのうちの1つを既に書いていたのを発見して、ふ~んと読み返してみた。

2015年7月6日『相棒』https://mmikko6566.jimdo.com/2015/07/06/相棒/

 

この中で、ポワロとヘイスティングス大尉の相棒関係について触れているのだが、記事下のコメント欄で、我ながら面白いことを言っていたので抄出します。

 

「(略)、ポワロもホームズも物凄く奇人変人なわけですが(笑)、私はヘイスティング大尉とワトソンがとても興味深いです。

この二人が、天才だけれど奇人変人な相手と穏やかな友情を育み、敬意を得ることは無いけれども確かな信頼を得ていく過程が面白いです。
能力の差と人間の価値とは無関係である、という大前提があっての事だと思います。
この事は、頭で分かっていても実生活でそう思う事はなかなか難しくて、私なんか本当に駄目で嫌になります。
そういう意味で、ヘイスティング大尉やワトソンという人は私にとって学ぶ事が多いです。それは小説で読んだ時ではなく、ドラマで見た時にとても感じました。そしてとても男性的だと感じました。
アガサ・クリスティは女性ですから、もしかしてコナン・ドイルのホームズとワトソンを参考にしたのかもしれないですね。テレビドラマの脚本家もきっと優秀だったのだと思います。」

 

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2019年

2月

03日

ポワロ -Part10-

ミステリー界に、変人はたくさんいる。

元祖はシャーロック・ホームズ。

 

ホームズは麻薬をなかなかやめれない。親友にどんなに窘められても隠れてやっちゃう、、。 

エキセントリックな性格と不摂生な生活、社会不適応者と言っていい。

ワトソン君やハドソンさんみたいな理解者がいることが奇跡みたいなものだ。

コナン・ドイルは、天才的な探偵は人格者ではないというプロトタイプを作った。

 

ポワロは、自分が世界一の探偵であると自負している。自惚れが半端ない。

みんなが自分のことを知っていると信じているが、時たま若者と話すと誰もポワロなんて知らない。

彼はショックを受け、この世の終わりとばかりに引退を公言する。

しおしおとうなだれる姿は哀れを誘う。ラテン系の人たちの絶望の表現の仕方は心に迫り感動的だ。

抑制を美徳とする日本人やイギリス人にとって、芸術的ですらある(笑)。

 

しかし、何かのきっかけで事件解決に関与して、ポワロの実力が発揮されると立ち直りがめちゃ早い。

普段偉そうにしている人が弱みを見せる立ち直る元気を取り戻してまた胸を張る。

このお決まりのコースは、ポワロが外国人だからいささか大袈裟だが、同時に人間臭さも感じる。

人間臭さというのは、人が逆境にある時に最も現われるものだ。

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2019年

1月

25日

ポワロ -Part9-

私は、ポワロが好きだけれど森鴎外も好きだ。

 

なぜ、まったく関係ないこの二人を持ち出してきたのか? 

私がファンだと言う、ものすご~く個人的な共通点しかないのだが、ファンになった理由(わけ)ー『舞姫』が好き、探偵ものが好き、という表面的な理由じゃなくて、もう少し奥の方を探ってみようと思う。

何か面白いことを発見するかも、、。

 

この二人には、私が考えるに4つの類似点がある。

 

・めちゃめちゃ賢い

・自分の信じた事をとことん貫く

 ( 鷗外は、この点で世の非難を受ける事態にまで陥った。)

・言動に気品を感じる( ポワロは特にドラマ版。)

・時々お茶目である

 

こういう人物は、きっと誰もが好感を持つだろう。男性からも女性からも好かれるはずだ。

付け加えるなら、二人とも名声と財産を持っている。

鴎外はそういうものにあまり執着しなかったようだが、ポワロはとても気にしていた。

容貌については( 残念ながら… )、特にポワロはかなり微妙だ。

女性の多くは、所謂イケメンやお金持ちが好きだと思うが、私は正直どうでも良い。イケメンやお金持ちであってもなくても、殆ど関係無い。

 

、、いや、彼氏の話をする予定じゃないのだ。

 

話を先に進めると、この4つの類似点はどちらかと言うと一般的で、だからファンになるかと言えばそんな事はまずない。

他に何か、特別に素敵でとんでもない魅力があってはじめて、何十年越しのファンになるのだ。

そうは言っても、4つの類似点は押さえておくべき重要ポイントである。

特に、”めちゃめちゃ賢い”は外せない。

 

鷗外とポワロは、現実と虚構の世界で元々まったく違う立場の二人である。

それを無視して敢えて似た部分を探してみたが、次は相違点である。

最初から違う所だらけの中で、類似点と対極になりそうな決定的な相違点というのを考えてみた。    

もちろん、人柄に関してである。他は次元が違いすぎて比べられない。

 

一番違うと思うのは、ポワロは稀に見る変人で、鴎外は生涯ごく普通の家庭人であろうとした。

ポワロの変人ぶりは度を超していて、几帳面さは病的、左右対称に異常にこだわり、完璧な服装・潔癖症的な習慣はちょっと嫌味なほどだ。

相棒ヘイスティングス大尉は、行動を共にしてさぞ大変だっただろう。

一方、鴎外はテーベス百門の大都(木下杢太郎)と言われるほどの知の巨人でありながら、良き夫、父親で妻や子たちから愛された。

 

稀代の変人・ポワロと偉大な常識人・鷗外。

なぜ私は、同じくらいの熱度でこの二人のファンなのか?( いや、並べること自体おかしいのだが、私の中で二人は永遠のアイドル(?)である。)

先に書いたように、彼らに「特別に素敵でとんでもない魅力があるから」なのは間違いない。それは何だろう?

 

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2019年

1月

13日

謹賀新年-そしてポワロ -Part8-

年が明けて13日も経ってしまいましたが、、。

 

みなさま、今年もどうぞよろしくお願いします。

気分も新しく!といきたいところですが、年頭からまたまた”ポワロ”です、、すみません。

書き始めたら終わらなくなってます、マズイ、、。

 


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2018年

12月

31日

2018年を振り返る-ちょっとポワロ-

10月から書き始めたポワロの記事。Part7まで続いている。

 

高校生の頃は、なんとなく好き、こんな仕草、こんな言葉、こんなに頭が良いなんてとんでもないわ~、やっぱり男は見た目じゃない、正義を愛する心よ!なんて地味に(?)思っていた。

 


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2018年

12月

22日

ポワロ -Part7-

2013年11月、世界中のポワロファンは大きな悲しみに包まれたに違いない。

本国イギリスで11月13日、ポワロ最後の事件『カーテン』(デビッド・スーシェ主演シリーズ完結編)が放送された。

各国で日にちは違うと思うが、日本では2014年10月6日(NHK/BS)である。

 

私なぞは、NHK『名探偵ポワロ』の番組予告で『カーテン』という文字を見かけただけで、奈落の底につき落とされるような絶望感に打ちのめされた。

(はぁ、、ちょっと大袈裟なんだけど、、。)

それにしても、いつかこの日が来るとは分かっていたけれど、あ~とうとう来てしまったのね、これから私、どうすりゃいいの? ってのがドラマのファン達の共通の気持ちだったんじゃないだろうか。

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2018年

12月

10日

ポワロ -Part6-

TVドラマ『名探偵ポワロ』は、1989年、イギリスのLWT(ロンドン・ウィークエンド・テレビジョン)によって制作が始まった。

 

ドラマを作るにあたり、その時代背景は1936年に設定された。

なにしろクリスティーのポワロものは、1920年のデビュー作『スタイルズ荘の怪事件』から、ポワロ最後の事件『カーテン』まで、実に55年に及ぶ。

その間、ロンドンの街の様子、交通・建築・ファッション等々、あらゆる物が劇的に変化していったわけで、設定年代を具体的に決めた方がドラマのイメージがはっきりするというプロデューサーの考えだった。

 

英国にとって1930年代後半といえば、後に世界を大きく変える近代的発明品がたくさん考案され、未来への希望にあふれた新しい時代だった。

当時の最新流行だったピカピカのクラシックカー、女性たちの個性的な帽子や色鮮やかなファッション、伝統的な風景の中に突然現れるモダンな建物。ドラマの背景には、そうした時代の先端にあった様々な事物と一緒に、歴史的な事件も記録映像を交えて挿入されている。

 

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2018年

11月

17日

ポワロ -Part5-

降霊術というと、日本の場合はこっくりさんとかイタコを思い浮かべる。

欧米では、ミディアムと呼ばれるプロフェッショナルの霊媒と出席者たちが、手をつないでテーブルを囲む。

『インシディアス』とか、最近のホラー映画でもその場面が出てくるから、現在でも普通(?)に行われているようだ。まぁ一部だと思うけど、、。

 


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2018年

11月

06日

ポワロ -Part4-

クリスティー作品の魅力の一つは、事件の舞台にゴージャスな場所がたくさん登場することだ。

 

オリエント急行やエジプトのクルーズ船、メソポタミアの遺跡旅行や地中海のリゾート、大富豪の広大な邸宅には執事がいて、着飾った紳士淑女たちが銀食器の並ぶディナーの卓に着く。

こういうのはイギリスの上流社会で長年に渡って根付いた文化なので、そうと知っていれば全くわざとらしさを感じない。

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2018年

10月

24日

ポワロ -Part3-

第一次世界大戦中、アガサ・クリスティーは看護師や薬剤師の助手として奉仕活動に従事した。

そこで得た薬学の知識を駆使して数々のミステリー作品を執筆し、その多くが世界的なベストセラーになった。

エルキュール・ポワロは、33の長編、54の短編、1つの戯曲に登場する。

 

中学時代に読み始めたポワロ・シリーズだが、いろいろな種類の毒薬が出てきて、それも頻繁に出てくるものだから、中学生のくせに砒素とかモルヒネとか覚えてしまった。

1990年にNHKで始まった英TVドラマ『名探偵ポワロ』は、主演のデヴィッド・スーシェが大好きで、好きなエピソードは英語版で繰り返し見た。

おかげで、これまた覚えなくていい毒薬の英単語と、使用する際の注意事項なんてのを無駄にたくさん覚えた。

 

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2018年

10月

18日

ポワロ -Part2-

ミステリー好きの間で一般的なのは、やはりシャーロック・ホームズだ。

シャーロキアンという種族が世界中にいる。

それに比べて、ポワロは日本ではあまり人気がない。

NHKの海外ドラマ『名探偵ポワロ』で初めて知った人の方が多いんじゃないだろうか。

 

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2018年

10月

11日

ポワロ -Part1-

7年前、IT関連に詳しいYさんがブログ開設を勧めてくれた。

続けられるか不安だったし、ブログを書くほどJazzに精通しているわけじゃない。あまり気が向かなかった。

でも「好きなことを何でも書いていい。」と言われて、すぐにエルキュール・ポワロのことを思った。

急にわくわくした。

 

このブログでずいぶん前に、高校生の時の悲しいポワロ体験を書いた。

あれは、今思い出してもちょっと胸が痛い....。

私ってもしかして変なやつなのか?、とじんわり悟った人生最初の瞬間だ。

以来、源氏物語と鴎外が好きとは言っても、ポワロが好きとは口に出せなくなった。

なんというか、”青春時代のトラウマ”みたいなものだ。

ブログで好きなことを書けるなら、いつか誰にも気兼ねなくポワロのことを書きたいと思って、7年が過ぎた。

好物は最初に食べないタイプなんだな、私、、。

 

中学生の頃から大好きだったアガサ・クリスティーの推理小説について、高校生の時とは違う大人の角度(笑)から、あれこれ考えてみたいと思います。

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2018年

9月

27日

日本人の民度

この頃、外国からたくさん観光客が来ている。

そして、口々に「日本は綺麗だ。街にゴミが落ちてない!」と褒めてくれる。

中国の人は特に、「日本人は、ゴミを捨てないで持ち帰るのだ。民度が高い。」と、日本人の文化水準まで褒めてくれる。

 

こういう時、私はもやもやっと、数十年前の新宿や渋谷のセンター街を思い出す。

通りにはゴミがいっぱいで、故郷の新潟と比べて「東京は汚いなぁ。」と思っていた。

いつからこんなに綺麗になったんだろう?

観光客でない私も、時々、あまりにゴミが落ちてなくて驚く。

 

夏目漱石の小説の中で、主人公が、食べ終わった弁当の空箱を、走る列車の窓から力いっぱい外に放り投げる場面がある。その後、別の人も、果物の皮や種を新聞紙にくるんでポイと窓から投げ捨てる。

明治の人は、こういうのはまったく平気だったのだ。

昭和の人だって、川にいろいろ投げ込んでいた。テレビだって自転車だって投げ込んでいた。

歩きながらガムの包み紙をポイポイ捨てる人は、どこの街でも普通にたくさんいた。

平成になって、いきなり日本国民の民度が上がったんだろうか?

謎だ、、。教育の賜物かなぁ、、。

 

そんな事を思いながら、新宿なぞに行けば「日本人は生来、ゴミのポイ捨てはしない民族です。」てな顔をして歩いている自分が、なんだか可笑しくてたまらない。

漱石も、「へぇ〜。そうだったかね?」とお茶目に首をかしげる気がした。

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2018年

9月

21日

ブラックアウト

今年の夏は、列島中が、酷暑に加えて台風や地震で被害を受けた。

特に北海道では、「史上初のブラックアウト」が起きた。

停電による様々な混乱が報道されて、つくづく私たちの生活は電気なしでは成り立たないのだと痛感した。

 

「史上初のブラックアウト」と聞いて、ずいぶん昔に見た、織田裕二主演の『ホワイトアウト』という映画をぼっと思い出した。( 不謹慎ですみません、、。)

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2018年

9月

14日

9.11

2001年のあの時、私はJazz仲間たちと車の中にいた。

 

お昼に待ち合わせて都内から車で数時間、近郊のライブハウスのセッションに、ドライブがてらみんなで遊びに行った。

 


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2018年

9月

07日

お墓参り -Part3-

商店街を歩くうちに、これから鷗外のお墓にお参りするのだと思って、胸がキュンと締め付けられる気がした。

ワクワクとかドキドキとかそんな軽々しいものではなく、もっと厳粛な、ライブ本番前の緊張感にも似た気持ち。

それと、ほんのちょっとの後悔--やっぱ今日じゃなくて、もっと万全の日にするんだった、、とめそめそする気持ち。

二つの気持ちが心の中でせめぎ合って、その摩擦熱でエネルギーが生じたのか、私はかなりなハイスピードでずんずん歩いた。

頭の中でまた別のことを考えないように、わき目も振らずに歩いた。

 

そのうちに、禅林寺をずいぶん通り越したところで、あれっ?と気付いた。

こういうのは、自宅付近で散歩をしていて時々ある。

考え事をしながら歩いていて、気付かずに自分の家を過ぎてしまう。

気持ち良く歩いていて、足にストップがかからなくなるのだ。

 

携帯で地図を調べ直して引き返した。

夏の名残りのような陽の光をいっぱいに浴びて歩き通したので、全身汗だらけになりながら禅林寺の境内に入った。

隣りの八幡大神社では盛大な例大祭が行われていて、屋台も出て沢山の人で賑やかだ。

お寺と神社がこんなふうに併存するのは奇妙な気がしたが、後で建立の歴史を知ってみれば、日本独特な宗教観が自然にすんなり分かる。

 

すぐ隣りだというのに、寺の墓地には神社の祭りの音は全く聞こえて来ない。ひっそりと静まりかえっている。

私は、鷗外のお墓を探してちょっと歩いた。

すると、入り口近くですぐに見つけてあっと思った。

思いの外、墓碑が大きくてそれも驚いたのだが、お墓の前にお供えしてある花が半分しおれていて、あっと思ったのだ。

なぜお墓参りをするのに、私は花を買って来なかったんだろう、、。

 

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2018年

9月

01日

お墓参り -Part2-

森鴎外のお墓がある三鷹・禅林寺は黄檗宗のお寺で、太宰治のお墓もあるので文学好きの人たちにはちょっと有名だ。

 

太宰治は最近ファンになった。

たまたま作品を読み直す機会があって、今更なんだけれどすごい作家だなぁと思う。

太宰が鷗外を敬愛していたことは、彼の短編いくつかに鷗外についての記述があって、そんな大層に言うのではないが太宰の尊敬の気持ちがはっきりと伝わってくる。

美知子夫人も、そんな彼の気持ちを汲んで、鷗外の眠る禅林寺に太宰を葬ったのだそうだ。

 

『女の決闘』という太宰の作品の中で、目に止まった文章がある。

この作品は、鷗外が翻訳したドイツの作家ヘルベルト・オイレンベルク「女の決闘」という短編を下敷きに、太宰流の様々な視点を加えて、深みのある現代的な作品に創り変えたものだ。

その冒頭の部分にこうある。

「鷗外自身の小説だって、みんな書き出しが巧いですものね。スラスラ読みいいように書いて在ります。ずいぶん読者に親切で、愛情持っていた人だと思います。」

太宰が、鷗外の心の優しさについて触れていて嬉しくなった。

とかく”冷徹”とか”冷酷”とか言われる鷗外だが、実はとてつもなく愛情深い人だったと私は思っている。

 

さて、お墓参り決行の日は9月9日(土)で、まだ夏の名残りの強い日差しが照りつけていた。

長かった夏休みの余韻もそこはかとなく残っていて、あちこちで子供たちが声をあげて遊び走っている。

それにしても親子連れが多いな、と思っていたら、その日は八幡大神社の例大祭なのだった。( 毎年9月の第2土曜、日曜日 )

 

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2018年

8月

07日

お墓参り

お盆も近いからか、去年の秋、三鷹の禅林寺にお墓参りをしたことを思い出した。

 

その日は三鷹のライブハウスでイベントがあって、午前中からお店のリハーサルに出掛けた。

無事リハーサルが終わって、みんなでお昼を食べて本番までずいぶん時間が空いたので、私はずっと前から思っていた”禅林寺のお墓参り”を決行することにした。

決行とか大げさな、と思うかもしれないが、森鴎外ファンにとって三鷹・禅林寺は特別な聖地である。

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2018年

7月

29日

市場の思い出

小さい頃、母のお使いで近くの市場によく買い物に行った。

 

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2018年

7月

19日

暑過ぎる....。

去年の夏は、なかなか快適に過ごした。

 

たまたま見たインターネットの健康情報の影響で、ほとんど冷房を使わずに外の風と扇風機、氷を入れたIce Bagで乗り切った。

冷たい飲み物もさほど飲まなかったし、夏なんだから暑いのは当たり前 ^ ^v とか言うくらいの気力があった。

まぁ外出すれば、過度の冷房に長時間さらされる訳だが、それでも”自律的な体温調節”--自然に汗をかく機会を増やすことでだいぶ体質改善できたなぁ、なんて悦に入っていた。

 

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2018年

7月

17日

オウム事件

7/6の死刑執行のニュースを見た時、「あぁ、とうとう、、。」と思った。

「遅過ぎた」「野蛮な制度はやめろ」 国内外からいろいろな意見が聞こえてくる。

 

ずっと昔、ある英会話学習の関連雑誌の記事で、アメリカの普通の女子高校生がこう言っているのを読んで驚いたのを思い出した。

「私は、社会のいろいろな問題ー死刑制度やフェミニズム、政治的立場( 共和党・民主党どちらを支持するか )などについて、いつ誰に聞かれても自分の意見を明確に言えるようにしています。」

 

日本ではとても想像できない事だったので、ちょっとショックを受けた。

彼女は特別に優秀な高校生という訳でもなく、たぶんアメリカでは、学生の頃からこうした社会的な問題を提示される機会が多いのだろうな、と思った。

 

当時の日本で、フェミニズムは”なんのこっちゃ?”だったし、自由民主党以外の政権は実現不可能に思われた。

ただ死刑制度については、世界で廃止傾向にある死刑を行う国の国民として、賛成なり反対なりはっきりさせておこうと思った。

アメリカの女子高生に負けないぞってのもあったし....。

けっこう時間をかけて、ああだこうだいろいろ悩んでみた。

 

結論から言えば、私は死刑制度に賛成した。

理由については、例によってまたもの凄く長くなるので別の機会に、、。

 

ただ、今回のニュースに関連してある事を考えた。それは死刑制度とは関係ないことなのだが。

 

今現在、明らかになっているオウム教団の犯罪。

1990年頃から兵器や毒ガスを作って、殺人、国家転覆まで企てていたのに、殆どの人はまるで危機感がなかった。

マスコミなぞは、事態が深刻になるまで面白おかしく報道していた。

 

必死に警鐘を鳴らしていた人たちはいたし、政権中枢ではなんとか法の網をかけようとしていたはずだ。

でも、それを阻止しようとする力が確実にあり、多くの無関心・楽観主義が目の前の事実を見過ごした。

みんな、まさかそんな事が、、とまるで現実でないように思い、私はワイドショーのコメンテーターたちが言う事を、ふ〜んそうなんだと思って聞いていた。

 

当時と比べて、私たちの無関心や楽観主義はあんまり変わっていないと思う。

何が変わったかと言えば、マスコミ--朝日新聞やTVなどのオールドメディアが無残なほどに信頼を失った事、SNSやインターネットが普及した事。

地下鉄サリン事件の時とは比べものにならないほどの大量の情報が、ネット空間に真偽錯綜するようになった。

ちょっと努力して勉強すれば、事実を客観的に知ることができる。

TVのニュースや一部の新聞が、いかに意図的に歪めて伝えているかも知ることができる。

 

無関心でいることで確実に社会の流れから取り残されていくことを、少しづつ、普通の人でも気付き始めていて、さらにこれから日本の情報伝達環境は劇的に変わろうとしている。

技術的にも法律的にも、この流れはもう止められない。

口を開けて情報を待っている時代は終わったのだと思う。

 

オウム事件が区切りを迎えたことで、そんな事を考えた。

そして、1995年3月20日の朝、部屋のテーブルの上に置かれた白いマグカップから立ち上るコーヒーの香り、TVで叫ぶリポーターの声、何が起きたか理解できずただびっくりしてTVの画面を見つめていた自分の姿を思い出した。

 

あれから、23年もたったのだ、、。

 

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2018年

6月

28日

路線図

某月某日@某ライブハウス。ライブ後にベーシストさんと雑談。(編集済み)

「田崎さんはどちらにお住まいですか?」

「私は西武新宿線の◯◯です。あなたはどちら?」

「僕は小田急線の◯◯です。」

 

以下、編集なし。

「ふ〜ん....。小田急線かぁ。小田急と言えば、祖師ケ谷大蔵と経堂ってなんかもの凄〜く良いよねぇ。」

「いやいや、祖師ケ谷大蔵とか経堂って、世田谷区じゃないすか。」

「最近、京急線に乗るんだけどさぁ、金沢文庫って駅があるの知ってる?金沢八景もあるんだよ。青物横丁ってのも良いよねぇ。」

「はぁ?( ちょっと何言ってるかわかんね〜。)」

 

意味不明な会話になっているが、この時、私がやや興奮気味に話しているのは、沿線情報とか駅の利便性とか家賃相場とか全く関係なく、ただ駅の名前についてである。

私は、東京の私鉄/地下鉄の駅の名前が好きなのだ。

 

電車に乗ると、なんとなく出入り口の上部に掲げてある路線図を眺める。

整然と並ぶ駅名を順番に見ながらふ〜ん、へぇ〜とやっていると、中に一つ二つ「ん?」てのがある。

あとでwikipediaで駅名や地名の由来を調べてみると、とても由緒ある名前だったりしてほぉ〜と感動する。

 

因みに、祖師ケ谷大蔵の大蔵は、律令制度における官庁の名称から来ている。

延暦期(782~806年・桓武天皇)に、武蔵国守兼大蔵卿・石川豊人が住んでいた土地ということらしい。

祖師ケ谷の祖師は、もちろんお祖師様-日蓮上人である。

祖師ケ谷と大蔵に挟まれるような土地に駅が作られたので、祖師ケ谷大蔵の名前がついた。

我が西武新宿線の上石神井や鷺ノ宮も、調べてみると情緒あふれる歴史があってなかなか良い。

 

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2018年

6月

16日

孤独について

毎朝、インターネットでニュースをチェックする。

「日経デジタル」はわりと好きで、いくつかお気に入りのコラムがある。

今朝読んだ『「孤独という病」は伝染し、職場を壊す』(by河合薫氏)という記事が興味深かった。

 

今、”孤独”が注目されているのだそうだ。

世界では、1980年代に孤独研究が学会で関心を集め始めて以来、孤独が社会に与える影響が様々な面から調査・分析されている。

WHO(世界保健機構)ヨーロッパ事務局は、社会や組織に及ぼすリスクとして孤独感に取り組んでいるし、英国では今年1月、内閣に”孤独担当大臣”が誕生したそうだ。

 

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2018年

6月

11日

ニュース

今朝、インターネットで見つけた写真。

現在海外メディアがこぞって取り上げているのだそうだ。

 

今月8日、カナダのシャルルボアで開幕した主要7カ国首脳会議(G7サミット)で、首脳宣言の採択に向けて最後の詰めの議論を交わす様子を撮影したもので、ネットのコメント欄には「歴史的な一枚になる」といった声が世界中から寄せられていた。

 

『サミットでは、安倍晋三首相が昨年に続いて北朝鮮問題などで議論を主導した。米国と欧州・カナダが激しく対立する気候変動問題や貿易問題でも「裁定役」を務めるなど、存在感を発揮している。(6/10、産経ニュース・田北真樹子)』

 

”トランプ氏が日本を除く5カ国の反発を受けるたびに、困って振り向く先は安倍首相だった”そうで、「シンゾーの言うことに従う」「シンゾーはこれについてはどう思うか?」が繰り返されたらしい。

 

この写真は、現在の世界情勢をシンプルに表しているし( 強固な日米同盟/アメリカとEUの対立 )、日本が調停役のポジションにいるのもよく分かる。

戦後の日本外交で、これほど日本らしい外交ができた事はなかったんじゃないだろうか?

 

「この写真は教科書に載るぞ!」ってコメントが面白かった。

これから北朝鮮の核問題も大詰めを迎えるし、ますます国際ニュースから目が離せない。

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2018年

6月

10日

Mac miniが、、。

朝、起き抜けにMacを操作していてとんでもないことになってしまった。

眠気もふっとんで青くなった。

あのスイッチを押さなければ....、と悔やんでみてもしようがない。

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2018年

5月

27日

歩く★

先日、暇つぶしにインターネットを見ていて、「スマホを持って歩くだけでプレゼントが当たるウォーキングアプリ。」というのを見つけた。

早速、ダウンロードして使ってみるとなかなか楽しい。

 

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2018年

5月

18日

越後線で。

5月7日、新潟市で起きた小学2年生女の子の殺害事件。

陰惨な事件を報じる記事に衝撃を受けたが、その現場というのが、このブログで度々登場している越後線だ。

 

越後線にはとても思い入れがある。

 

高校生時代には毎日乗っていたし、今でも新潟に帰れば利用する。

バスより早いし、料金は半分だ。( 郊外のバス代は途轍もなく高い!)

実家からバス停は2分、駅まで8分で、余裕がない時以外はたいがい越後線に乗る。

 

越後線は単線で、他の列車とすれ違うことなくゴトゴトのんびり走る。

この”我が道を行く"感がすごく好きだ。

線路の脇の草地を隔てて住宅街がずっと続き、唯一のハイライトは、川幅約200メートルの信濃川に架かる鉄橋を渡る時だ。

眼下に見る川岸の桜並木は見事だし、遠く市街に広がるビル群の中に聳え立つタワーや県庁舎、コンベンションセンターなどが一望できる。

夏には広い川面に船々が浮かび、夕暮れ時には彼方の海に沈む太陽の夕焼けに思わず見とれてしまう。

十秒くらいだろうか、車窓から眺める風景は格別だ。

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2018年

5月

10日

愛しの西武新宿線

東京にいると、「便利な街ランキング」とか「住みたい街ランキング」とか街に関する人気投票をいたるところで目にする。

引っ越ししようかなぁ、、って時には、まずチェックする人が多い。

それより利用頻度は落ちるが、「沿線ランキング」というのもある。

1〜3位は山手線、東急東横線、中央線が常連で、我が「西武新宿線」は10位圏外とまったく人気がない。

以前、中央線/国立に14年ほど住んでいたので、人気沿線に漂うある種のメジャー感が西武線に全く無いのはじんわり分かる。

 

国立から引っ越してきた当初、平日昼間の駅ホームを歩きながら、あまりに人がいなくてびっくりした。

東京はどこも人が多過ぎて、なるたけ人が少ない時間・場所を探す習性になっているが、「西武新宿線」はその点かなり理想的だ。

中央線・最終電車の、過酷なぎゅうぎゅう詰めを経験せずにすむのも嬉しかった。(ライブが終わって帰ると、最終電車になることが多い....。)

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2018年

4月

30日

池袋駅で。

ほんの数年間だが、地下鉄有楽町線/氷川台駅の近くに住んだことがある。

JR線と有楽町線の乗り換えが池袋駅なので、買い物も西武・東武デパート、東急ハンズでしていた。

東口に西武、西口に東武ってのが面白かったし、東急ハンズはちょっと駅から歩くけれど、渋谷まで行かなくてすむので便利だった。

 


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2018年

4月

12日

東京駅で。

あれは、私がまだシンセサイザーを弾いていた頃の出来事だ。

ツアーの仕事でどこか地方から東京へ帰って来て、東京駅の構内を足早に歩いていた。

大きな荷物を肩にかけているので、早く家に帰ってゆっくりしたかった。

 

前方に丸の内中央口が見えて、何やらものものしい雰囲気になっているのに気がついた。

警察官や警備員と思われる人たちがたくさんいて、入り口から通路の両側にロープを張って、何ごとだろうと集まってきた人々を整理している。

こういう光景はTVのワイドショーなんかで見ていたので、きっと大物タレントが来るのだ、と直感してワクワクした。

外国人アーティストだといいなぁ、これだけ警備がすごいのだから世界的スターだよなぁ、なんてミーハーな事を考えながら、人だかりの後ろで首を伸ばした。

たまたま私の隣には音楽関係らしいグループがいて、私と同じような事を考えていたに違いない。

当時としてはお約束の、長髪・革ジャン・鎖系でキメたロッカーたちだったが、おとなしく並んでスターが現れるのを待っていた。

 

しばらくすると、入り口付近一帯がざわざわして、人影がふたり見えた。

わ、誰だ?と思って目をこらすと、なんとそれは天皇皇后両陛下であった。

 

予想外のことに、私はびっくりした。本当に驚いた。

ゆっくり歩かれるお二人を目で追いながら、何故だかふっと涙がでた。本当にどうしてかわからないが、涙が自然とでた。

この時の気持ちはどう表現していいか分からない。

 

今となれば、「あなたは保守の人だから、天皇陛下が大好きなんでしょ。」と友人にからかわれるのだろうが、当時は保守でもなんでもなかった。

普通に南京事件を丸々信じていたし、全て日本が悪いという情報ばかりの中でずっと来て、この国も歴史も政治も、もうほとんどどうでもいいと思っていたのだ。

だから、天皇という存在について、考えたことも思いを巡らすことさえなかった。

 

あふれた涙に自分でもとまどっていると、隣にいたロッカーの青年が、「俺、感動した〜!」と興奮して嬉しげに仲間たちと話していた。

その言葉に、「そっかぁ、わたし、感動したんだ。」と納得したのを覚えている。

 

あの時、青年たちも私も、大物アーティストをきっと期待していたのだ。

そしてその期待は裏切られた。

がっかりして当然だった。

国を愛するなんてことをついぞ考えたことのない若者が、天皇皇后両陛下に接して、なぜあれほどに感動したのだろう。びっくりした、で終わらなかったんだろう。

 

今ふりかえってみると、これは日本人が持つ”集合的無意識”みたいなものじゃないかと思うのだ。

 

普段は表に出てこない。

そんな気持ちに気付きもしなければ、そもそもあるはずがないと思っている。

でも、いざ直面した瞬間に湧き上がってくる気持ち。

直面したことのない人は、まさかと一笑に付すのかもしれない。ばかばかしいと思うのかもしれない。

 

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2018年

3月

31日

5年前のこと

2013年1月4日の朝。

新潟に帰省していて、そろそろ東京に戻る準備をしかけた私の目の前で、父がいきなりバタンと倒れた。脳梗塞だった。

それから1年半の間に、父が亡くなり、後を追うように母が亡くなった。

私は住まいを東京から新潟へ、そしてまた東京へと移した。

 

その頃の事は記憶が曖昧で、断片的な映像が脳裏に浮かんだり、誰かの言葉を思い出すくらいで、父と母以外のことはほぼ空白に近い。

まるで別次元の世界に行っていた感すらある。

 

平穏な気持ちで普通に生活する、それがどんなに幸せな事か、最近になってようやく実感するようになった。

元の自分に戻るまで、まる5年かかったという事だ。

 

このブログの為の材料というか備忘録みたいな感じで、その時々に気になった事や思った事などをPCにメモしているのだが、今朝、ブログを書こうとそれに目を通していて、ある文章を見つけた。

介護のために東京から新潟に引っ越した時の気持ちを書いたものだ。

 

『その時の私は、父や母の事が心配で泣きたくなるほどだったし、自分の音楽をどうやってやり続けていったらいいかも分からなかった。

経済的な事や介護の事、新潟でのこれからの生活が殆どイメージできないまま、やらなければならない事は山のようにあって、毎日クタクタになって寝るだけの日々の中で先のことは全く考えられなかった。

ただ強く思っていたのは、東京で音楽をやり続けたいという事だった。

私は、東京で育ててもらった。

仲間や先輩、お客さんや尊敬するミュージシャンたちから暖かい励ましやアドバイス、思わず歯を食いしばるほどの叱責や厳しく欠点を指摘する言葉をもらい、褒めてもらったり上手くいかなくて恥ずかしい思いをし、でも何とかもっとちゃんと弾きたいと思ってたくさん練習した。

そういう記憶は過去のものではなくて、』

 

メモはここで終わっているのだが、これを書いた時の事は覚えていない。

でも、読んでちょっと切なくなった。

東京を離れなければならない、音楽を続けられるんだろうか、大好きな父を失うかもしれない、母との生活・介護はどうなるんだろう、、。

心がピリピリして、一人でぐるぐる空回りしている姿が見えた。

 

5年経った今、こうしてまた東京にいる事がちょっと奇跡のように思える。

そして、5年という時間をかけてゆっくり心が回復したのだと感じる。

 

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2018年

3月

23日

人生100年

最近、いろいろな所で「人生100年時代」という言葉を聞く。

 

ネットで調べてみたら、”英国ロンドンビジネススクール教授のリンダ•グラットン氏が長寿時代の生き方を説いた著書『LIFE SHIFT』で提言した言葉”と解説されていた。

氏によると、2107年には主な先進国では半数以上が100歳よりも長生きする。

必然的に、個々人が70歳を超えて働く事を想定しなければいけないらしい。

日本政府も「人生100年時代構想会議」を2017年9月に開催し、有識者議員としてグラットン氏を招いて意見を聞いたそうだ。

 

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2018年

3月

02日

平昌オリンピック

平昌オリンピックが閉幕した。

 

うちは相変わらずテレビがないので、もっぱらインターネットで配信されるニュースを見るだけだったが、日本の若い選手たちの活躍には本当に感激した。

競技結果への不安や周りからのプレッシャーは、オリンピックともなればきっととんでもなく大きいはずだ。   

でもニュース映像で見る選手たちからは、自分を信じる強さと、すべての努力の先にある結果を楽しもうとする余裕さえ感じた。

 

以前、このブログで、将棋の藤井聡太六段のことを書いた。

年若い勝負師の心の強さについて、ちょうど彼のプロ入りと同時期に見た、アメリカの天才チェスプレイヤー、ジョッシュ・ウェイツキンの伝記的映画の感想を交ぜて書いてみた。

 

”才能がある者に周りの者たちは無責任に期待し、期待が裏切られた時には無慈悲に失望する。スポーツや芸術の世界でも、一流の人たちはみんなその恐ろしさと戦っているのだ。”

(2017.7.20『ボビー・フィッシャーを探して』)

 

自分に勝つということは、実際の相手に勝つことより、ある意味難しいことなんじゃないか、とその時思った。心が強くなければ、生き残れない世界なのだ。

 

今回のオリンピックで一つ、気が付いた事がある。

日本の選手たちを支える環境だ。

競技への重苦しい不安やプレッシャーを乗り越えられるだけの力強い応援とサポート、そして国民からの暖かい愛情。

この試合には絶対に勝たなくてはいけない!なんて怖い顔で言う人は、ほぼ皆無だった。

選手たちが自分の全力を出し切る事が重要なのであって、結果はどうあれ、それを見守って声援を送るのが私たち国民のできる事だ!そんなふうに、ほとんどの日本人は思っていたんじゃないだろうか。

 

ネットに書き込まれた他国の人たちのコメントやニュースなどを見ると、日本との違いにちょっと驚く。

日本人のスポーツ精神は成熟しているなぁ....と思う。

 

オリンピック・アスリート達の写真は、全てがとても美しい。

特に冬季は、背景が純白の雪と氷なので格別だ。

 

今回の写真の中で私が一番好きな写真は、スピードスケート女子団体追い抜きで、世界一の強豪オランダを破って日本女子が金メダルをとった時の授賞式だ。

両隣りの大きな外国人選手たちと比べて、日本の選手があまりに小さく可愛いらしくてびっくりした。

大人と子供と言っていい程の体格差、体力差がありながら、彼女たちは知恵と気力とチームワークで勝ったのだ!

 

マジで感動して涙が出た、、。

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2018年

2月

20日

受難は続く-完結編

新潟市にある我が実家の度重なる受難--ガス漏れ・ハクビシン・大雪。

 

ブログで詳しく書いたのだが、先日、FBの方にも「こんな大変な事があったよ〜!」と軽い気持ちでアップした。

すると、地方に実家を持つ友人たちから切実なコメントがたくさん届いた。

親元を離れて暮らす人は、地元の大雪や台風などの災害、いずれ無人になるかもしれない家の管理など、年を重ねるごとに心配が膨らむ。

私のFBを見て、人ごとじゃないなぁ....と書き込んでくれたのだ。

返信を書きながら、”こうした空き家問題は、既に社会現象かも”と思った。

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2018年

2月

06日

受難の年明け -Part2-

先月11〜12日に新潟市を襲った驚異的な大雪。

 

市郊外にある実家が心配で、東京でニュースを見ているのがどうにももどかしかった。

翌日午後、さっそく新潟駅に到着すると雪は既にやんでいた。

 

越後線(ローカル線)に乗ろうかちょっと迷ったが、バスで寺尾に向かうことにした。

全ての車はノロノロ運転で、一体いつ帰り着くのか分からなかったが、線路の途中で列車が止まるよりはずっとましだ。

路肩は除けられた雪がうず高く積まれて土手のようになっており、道路上も雪でザクザクしている。

乗客の乗り降りは、歩道からバス乗降口までひと山-除雪された雪の山-を越えなければならず、普段の倍くらい時間がかかった。

 

ようやく自宅近くのバス停で降りて、雪に足を取られそうになりながらよろよろ歩いて家に着いた。

家の前の道路は除雪車が通ったらしく、車一台は徐行できるくらいになっていた。近所の家々は雪かきを既に終えて、特に車庫の前の雪はきれいに除けられている。

新潟で車は文字通り”足”であるから、車が出せないとなると仕事まで休まなくてはならない人もいるそうだ。

 

私の家は、道路から5段くらい石段を登ってちょっとのところに玄関がある。

その石段前に、まるで”通行止め”と言うように雪の小山ができていた。

除雪車が退けた雪が私の肩のあたりまで積み上がっているのだ。

石段から玄関までは綺麗なスロープ状の雪原(笑)になっていて、美しかったがとても我が家とは思えなかった。

1メートルくらい積もったんだろうか。

 

さて、どうやって玄関にたどり着こうかと考えた。

両手に荷物。スコップ無し。我ながら甘かったなぁ、、ここまでとは想像していなかった。ご近所さんは留守みたいだし、、。

どう考えても、体当たりで進むしかないわけで、雪をかき分け足を踏ん張り体で道をつくるという過酷な雪中行軍になった。

 

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2018年

1月

22日

受難の年明け -Part1-

昨年12月の我が家の災難については前の記事に書いたのだが、今年1月、それを上回る大危機が築40数年の我が古家を襲った。

 

以下、順を追って詳しく書くと、、う〜、もしかしてまた長文になってしまう予感が、、(笑) 。

 

1月11日夜から12日未明にかけて15時間もの間、大雪で立ち往生した列車内に乗客が閉じ込められた件。

菅官房長官が記者会見で言及するほどに全国的に有名になったが、その列車は、新潟駅でたびたび見慣れた新潟発/長岡行き-信越線のあの普通電車。
東京の自宅で、のんびりコーヒーを飲みながらネットニュースをチェックしていたら、かなり大きく報じられていた。
「ありゃ〜。」と思って記事を読んでみると、JRの対策にいろいろ疑問がわいてきた。
と同時に、数年前に経験した新潟駅行きローカル線-越後線での出来事が記憶に蘇った。
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2018年

1月

11日

天井裏に何かが!

昨年の話になりますが。

 

冬の寒さが本格的になってきた12月始めのある日、私はマフラーをぐるぐるに巻きぷくぷく着ぶくれて、雪降る新潟に帰省した。

夕方には実家に着いて、雪が薄く積もった5段ほどの石段を上って寒さに震えながら玄関の鍵を開けた。

 

家の中はひっそり静かで、まる一ヶ月間、締め切ったままで溜まった空気の匂いがする。

「ただいまぁ。」と小さな声で言いながら、急いで部屋に入ってガスファンヒーターを付けた。

 


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2018年

1月

01日

日本の未来

新年あけましておめでとうございます。

2018年も良い年でありますように 🎌 と元旦の朝、亡父と母の位牌に手を合わせてお願いした。

 

父も母も、きっと日本の未来に何かできるような事は無いんだろうが、「そこをどうか一つよろしく。」と言いたくなるくらいに、日本の未来が大変な事になるような気がした。

 


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2017年

12月

30日

今年は頑張った!

2016年12月31日--ちょうど1年前のブログに、「ずっと手探りでやってきた自分のJazzに、ようやくはっきりと目標が見えてきた。」と書いた。

 

そして、2017年12月31日。

1年間、自分なりにその目標に向かってちゃんと頑張ったと思う。

 

他人から見たら、きっとたいした事じゃない。

華々しく活躍するでもなく、みんなが驚くような事ができるようになった訳でもない。

でも、1年前にこう弾けるようになりたい!と願ったピアノ、ささやかでもはっきりと、今までとは違うこんなピアノが弾きたい、と決めた目標に、あともう少しかな....という所まで来た。

まるで童話の挿絵のように、自分が1年間、てくてく歩いてきた道が見えたような気がした。

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2017年

12月

24日

綺麗なお姉さんは、、。

クリスマスに沸き立つ都内のショッピングモール。

ライブの入り時間までにちょっと時間があったので、華やかに飾られたお店をぷらぷら眺めていた。

 

あるお店の店頭にあった、ちょっとクラシックなデザインのブラウスに目が止まった。

「これ、おいくらですか?」

と声を掛けたら、奥から若い女性が笑顔で来てくれた。

その彼女がまぁ、人形のように可愛らしいのだ!

ちょうどあの「お・も・て・な・し💕」の滝川クリステルさんのような感じ。

 

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2017年

12月

17日

シャーロック・ホームズ -Part5-

『心霊現象研究協会(SPR)』は、1882年、英ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ内に設立された。

心霊現象や超常現象の真相を科学的に究明するのが目的で、ルイス・キャロルやコナン・ドイル、キュリー夫人やカール・ユングなど、著名な支持者たちが謎の解明に期待した。

歴代会長には、哲学者、心理学者、物理学者などそうそうたる知識人たちが名を連ね、現在も存続中である(!)。

特に霊魂や降霊術に関する研究では、厳格な調査で画期的な成果を残した。 

  心霊現象研究協会      (SPR)のロゴ         


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2017年

12月

02日

シャーロック・ホームズ -Part4-

シャーロック・ホームズとワトソン博士、エルキュール・ポワロとヘイスティングス大尉。

二人の名探偵とその相棒たちは、今も世界中の推理小説ファンに愛されている。

 

ホームズやポワロは相当な変人だが、その周りの登場人物--ワトソン博士・ヘイスティングス大尉を含め、一般の英国人はいたって普通の人たちだ。もちろん犯人以外は、、。

そういう人たちの言動を見ていると、日本人と英国人は、気質というか佇まいというか、どこか似ている気がする。( 現代のイギリスはちょっと違うかも? )

 

先日、ある本で読んだのだが。

太平洋戦争が終わった後、30年間もそのままフィリピンに潜伏していた元陸軍情報将校・小野田少尉。

彼がルバング島から日本に戻った時、羽田空港では大勢の報道陣が待ち構えていた。

年老いた父親と対面した彼は「ただいま帰ってきました」と言い、迎えた父親も丁寧に「ご苦労だった」と言った。お互いに抱き合うわけでもない。

その光景を見ていたイギリス人の記者が「イギリス人と同じだ。ヨーロッパ大陸の人間なら抱いて号泣するだろう」と言ったのだそうだ。

 

なるほどなぁ、、。

そう言えば、ワトソン博士もヘイスティングス大尉も、感情あらわに我を忘れて抱きついたり号泣したりという事はほぼ無い。

 

*英グラナダTV制作『シャーロック・ホームズの冒険』(1984〜1994年)

*英ロンドン・ウィークエンド・テレビ制作『名探偵ポワロ』(1989〜2013年)に拠る。

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2017年

11月

20日

シャーロック・ホームズ -Part3-

8月にメイ英首相が初来日した。

これから日本は、イギリスともっと仲良くしましょう〜日英同盟(?)・祝復活〜ということで、その日以降、個人的に大いに盛り上がっていた。

何故なら、イギリスはコナン・ドイルとアガサ・クリスティーを生んだ偉大な国である!ミステリーファンにとっては、もうひれ伏さんばかりに崇める国なのだ。

Jazzをやっているならニューヨークに行け、とよく言われるが、いやいや、ロンドン・ベイカー街221B( ホームズの住まい )が先だ、と秘かに心に決めている(笑)。

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2017年

11月

11日

土瓶蒸し

恥ずかしながら....。この年になって生まれて初めて、土瓶蒸しというものを食べた。

(土瓶蒸し:蒸し物料理の一つ。松茸、白身の魚などを土瓶に入れて蒸し煮にしたもの。by三省堂大辞林)

 

帰省した新潟で、某料亭の懐石コースで対面したのだが、”松茸を使った料理”くらいしか知らなかったから、期待は格別なかった。

運ばれてきた土瓶を前にどうやって食べるのか分からないでいたら、給仕の方が教えてくれた。

「こちらのお猪口にすだちをちょっと絞って、出汁を注いで召し上がってください。」

 

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2017年

10月

21日

青空!

毎日、どんよりした天気が続いている。

せっかく秋なのになぁ、、。

 

気分もどよ〜んとしつつ、スマホにたまった写真をつらつら整理していた。

すると....。

先月、新潟に高速バスで帰った時に、越後川口SAで撮った一枚が目に止まった。

 

すっかり忘れていたのだが、この時たしか、まさに秋!空気が爽やかで心地よく、ただそれだけで小躍りするほど嬉しかったのだ。

青い空がほんとに大きくて、白い雲が手でつかめそうなくらい近かった。

 

PCでフルスクリーンにしたら、あの時の幸せな気持ちがしばし蘇ってきた。

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2017年

10月

19日

選挙-不在者投票

10/22に行われる「国難突破解散」による衆議院議員総選挙。

 

2013〜2014年、家族の介護で新潟に一時帰っていたのだが、その時に住民票を移して、以来そのままになっている。

今年夏の東京都知事選挙では、東京に住んでいて周りが大変な盛り上がりだったし、自民党東京都連と小池百合子候補については、選挙権もないのに無駄にいろいろ考えていたから(笑)、もうそろそろ住民票を東京に戻そうかとも思った。

 

でも、自分の中でなかなか踏ん切りがつかない。

新潟市郊外、小さなピノキオ公園すぐ隣り、あの古びた家の住民であることを無い事にしたくなかった。父も母もいないけれど、帰ればきっと、我が家に帰ったと気持ちが落ち着くのだ。

手続きの煩雑さより、たぶん、ほんの小さな感傷なのだと思う。

 

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2017年

10月

06日

ノーベル文学賞

8月30日、英国のメイ首相が日本を初来日したのを機に、しばしイギリスについて考えてみようってことで、シャーロック・ホームズについての記事をPart1、2と書いてきた。

Part3をアップしようかなと思っていた矢先、嬉しいニュースが飛び込んできた。

 

『ノーベル文学賞、日系英国人作家カズオ・イシグロ氏が受賞』

イシグロ氏は、長崎市で生まれ、5歳で英国に移住。1982年に英国に帰化したのだそうだ。

 

ずっと以前に、アンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソン主演の『日の名残り』(1993年・米)という映画を見た。

1930年代、英国名門家の執事と女中頭の淡い恋が、戦前のナチス・ドイツとイギリスの外交を背景に描かれる。

 

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2017年

9月

29日

シャーロック・ホームズ -Part2-

私のミステリー入門は、アルセーヌ・ルパンというフランス人怪盗だった。

( 因みに、アニメの『ルパン三世』は、アルセーヌ・ルパンの孫である。....というか、そういう設定である。)

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2017年

9月

10日

シャーロック・ホームズ -Part1-

先日、英国のメイ首相が日本を公式訪問した。

英国と日本の連携強化が進むらしい。

『祝・日英同盟(?)復活!』ということで、しばしイギリスについて考えてみた。

 

創元推理文庫で育った私にとって、イギリスと言えば、まず第一にシャーロック・ホームズである ^ ^ v

私の少女時代からの永遠のアイドル、名探偵エルキュール・ポワロはベルギー人だが、彼よりもっと有名で、100年以上にもわたって世界中で愛されている偉大なイギリス人探偵が、シャーロック・ホームズだ。

 

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2017年

8月

31日

ミサイル

一昨日29日の朝、新潟の友人から

 「今朝はJアラートで起こされた。気分が悪いよね。」
とメールが来た。
びっくりしてインターネットのニュースを見たら、午前6時頃、北朝鮮が北海道上空を通過する弾道ミサイルを発射していた。

 


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2017年

8月

28日

ある日突然、太った...

去年の後半くらいから、会う人みんなに「痩せた?」と驚かれ、自分でも痩せたかなぁ、と鏡を覗いて思ったので、食事やおやつで地味に努力していた。( 体重を計る習慣がないので、東京の家には体重計がない。)

なんと腹筋トレーニンも始めた。( 痩せたのはきっと胃下垂のせいだ!)

 

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2017年

8月

12日

花火大会

7月29日の隅田川花火大会。

あいにくの雨にもかかわらず74万8000人もの見物客が訪れ、傘をさしながら壮大な花火ショーを楽しんだそうだ。

 

何年か前の隅田川花火大会の日のことを思い出した。


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2017年

7月

29日

夏は苦手

ちょうど梅雨明けした頃だったか、ネットの健康情報を見ていたら”自律的な体温調節” についての記事があった。

自然に汗をかくことで身体を暑さに慣れさせる⇒あまり冷房に頼らずに夏を健康的に乗り切ろう!てな事で、なるほど〜そうだそうだと思ってやってみる事にした。

確かに毎年、冷房をつけ過ぎて体調が悪くなっている気がする。


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2017年

7月

20日

『ボビー・フィッシャーを探して』(1993年米映画)

先日、史上最年少の14歳2ヶ月でプロ入りを果たし、デビュー以来29連勝を達成した藤井聡太四段。

ネットで彼について調べたら、5歳で将棋を始め、8歳の時には既に将棋界で天才と言われていたそうだ。その後、生来の負けず嫌いの性格もあってメキメキとと実力を伸ばしてきた。

 

将棋はまったくわからないけれど、たまたま彼の連勝中に『ボビー・フィッシャーを探して』という映画を見て、主人公のチェスの天才少年が藤井聡太くんとちょっとかぶった。

 

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2017年

6月

27日

太宰治-なぜか混浴について-

最近、太宰治を読んでいる。

 

太宰治は、『人間失格』と『斜陽』を、大学時代に国文学専攻の学生として正しく(?)読んで、以来それきりになっていた。

あまり好きになれなかった。(もちろん『走れメロス』は学校の授業で読んでめちゃ感動したが。)

森鴎外の対極のような生き方をした人で、時代の違いを考えてもとても心が弱い人に思われ、その作品を読もうという気が全くおきなかった。

 

たまたま先日、『きりぎりす』という短編を読む機会があって、ちょっといいな、、と思った。

『カチカチ山』でへぇ〜っと感心し、『東京八景』で妙に感動した。私も人生の苦労が少しは分かってきたってことか、、。

 

今日、『美少女』という短編を読んだ。

そして、ストーリーとは関係なく、えっ?とびっくりした事があった。

太宰治が30歳の時に発表した私小説なのだが、当時、彼は結婚したばかりで甲府市のまちはずれに住んでいた。

 

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2017年

6月

20日

隣りのマンションで!

夕方、5時過ぎ。

さて夕飯の支度でもするか、と思った矢先だった。

 

けたたましいサイレンの音がいきなり近づいて来た。

スピーカーで男性が何かがなりたてている。

緊急事態が起こったんだなと分かったが、どうもうちの近所らしく、がなり声がめちゃくちゃ近い。もの凄く近い。その上、なかなか遠くに去っていかない。      

あれ?と思ったが、スピーカーの音が割れて何を言っているのかほとんど聞き取れない。

ちゃんと聞こうと思ってベランダに出てみたら、通行人が何人か立ち止まってこちらを見上げていた。

え〜っ、うちのマンション?! と慌てて、ベランダと反対側の玄関まで走ってドアを開けた。

 

私の部屋は3階で、ドアの前の通路から隣りのマンションの3階通路が見渡せる。

ちょうど斜め前あたりの部屋のドアの前に、完全装備の消防士さんが3人駆けつけていた。

「ドア、開いてる!」と一人が大声で叫んで、もうもうと大量に流れ出す灰色の煙の奥に、真っ黒に焦げた部屋の中がちらっと見えた。

火はもう収まったんだろうか。

「わ、火事!」と驚いて部屋に戻ると、ベランダと玄関をうろうろ往復した。

ベランダでも玄関でも、うちのマンションで慌てているのはなぜか私一人だ....。

何だか気抜けして、部屋の真ん中で所在なく立っていた。

 

しばらくするとスピーカーで、「荻窪消防署です。火災が発生しましたが、延焼を防御しました。ご協力に感謝します。」と、今度は落ち着いた優しい男性の声で、何回も繰り返すのが聞こえてきた。

 

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2017年

6月

18日

風邪をひいた、、。

ここ4日間ほど、ひどい風邪で寝込んだ。

首の筋と頭が熱のせいでズキズキと痛み、ベッドに倒れこむとそのまま起き上がれなくなってしまった。

風邪で寝込むのは今までにも何回かあったが、今回は、予想外のヘタレ加減に自分でびっくりした。ベッドの中でまるで力が出ない。

寝ても寝てもまだ寝れる。日にちの境目がぼんやりするほど、寝ては醒め醒めては眠るを繰り返し、人間てこんなに寝れるもんなんだなぁ、と痛む頭の中でつぶやいた。

 


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2017年

5月

29日

関屋中学・化学クラブ -Part5-

中学時代の秋の文化祭。

文化クラブ部員にとって一年に一度の晴れ舞台なのだが、十代前半の青少年たちには”文化的活動”というとどちらかと言えば地味に見えてしまう訳で、、。

そこへいくと、我が化学クラブの活動はある意味、ちょっと派手だった。

 

先輩たちが4人がかりで庭に運び出した、”関中・化学クラブ伝統”のちょっと古びたお手製の火山。


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2017年

5月

14日

関屋中学・化学クラブ -Part4-

私の中学時代の記憶は、薄くぼやけていて、思い出せる事といったら本当に数えるほどしかない。

学校近くにあったケーキ屋さん( 以前このブログに書いた、夢のようなケーキ屋さん )と、何人かのクラスメートと担任の先生の事くらい、、。

 

実は、化学クラブの事はすっかり忘れていた。

それが、机の引き出しの奥から偶々出てきた、私が書いたと思われる『2年生文化祭計画』というよれよれの企画書をじっと眺めていたら、不思議なほど鮮やかに、あの当時、感じていた気持ちや部員の仲間・部長さん・先生の顔が次々と浮かんできた。

 

あの2年生の秋。

悩める青春時代である(笑)。もやもやといろいろな事に悩んでいた。

自分のことや家族の事。そして学校についても一つ不満があった。

まぁそんなに大した事じゃないのだが、早い話が「運動部ばっかり!」だ。

 

体操や陸上、水泳やバレーボール、バドミントン・サッカーに野球....。

花形選手はめっちゃめちゃかっこいいし、校内の話題も運動部に集中するのは仕方ない。

でも、化学クラブだって、爆薬で火山が噴火するし(火山、小さいけど....)、固体燃料でロケットがピューッて飛ぶんだよ(教室の中だけど....)、ケミカルガーデン、知ってる?すっごい不思議で綺麗なんだから!という訳だ。

 

性格というのは、成長してもあまり変わらないものだ。

自分のやっている事に対する圧倒的な肯定感というのは、この頃から既に芽生えていたと思われる(笑)。

負けん気とは違って、信念の問題だ。

人からどう見られようと、これが自分にとってベスト、これでOK、みたいな気持ちか、、。

人とはちょっと違うこの風変わりな価値観のおかげで、今までの人生、比較的幸せな精神状態で生きてこれたんだと思う。

つまり、私はかなりな変人であった(笑)。

 

この時は、大好きな”化学クラブ”を、周りのみんなにもっと知ってもらいたいという気持ちでいっぱいだった。

 

う〜む、またしてもすっかり長くなってしまった。

残念エピソードが、なかなか書けない、、。

すみませんm(_ _)m、次回、繰越しです。

 

***Part5に続く*** 

 

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2017年

4月

29日

関屋中学・化学クラブ -Part3-

『化学ガールな私』の残念エピソードを書こうと思ったのだが、その前に、この今にも破れて散ってしまいそうなわら半紙の裏表に書かれた「2年生文化祭計画」なる”野心的な企画書”(笑)を、記録に残しておこうと思った。

私が書いたよくわかんない説明図もあるのだが、それは省く。

 

PCで書き写していたら、私の頭の中に、当時の情景がポツポツと浮かんできた。

中学2年生・元気でちょっと不機嫌そうな女の子が、試薬のビンを片手に立っているのが見えた、、。

 

1.砂糖のおばけ

 

ビーカーに砂糖を半分ほど入れて、濃い硫酸をひたひたになるまで注ぎ、ガラス棒でかきまぜる。

すると、煙の中から黒い塊りがむくむくと伸びてくる。

 

***濃い硫酸が砂糖から水分を奪い取るために、炭素に変わっていく。

この時、熱とたくさんのガスができるが、そのガスが炭素の塊りを膨れ上がらせる。

 

2.水が綿に火をつける

 

二〜三滴の水を落とすと、綿がパッと燃え上がる。

 

***綿に、過酸化ナトリウムの粉をかけておく。

それが水と反応して酸素を出し、綿が燃え上がるのを助ける。

 

3.色の変わる水

 

四つのコップを左から①、②、③、④とする。

①と③に数滴のフェノールフタレインを、④には十数滴の酢を入れておく。

これに水差しの水を注ぐと、①と③は赤くなる。

 

***水差しの水に、二〜三滴のアンモニア水を入れておいたからである。

①、②、③の水を水差しの中に戻し、再び①、②、③に注ぐと三つとも赤くなる。

コップの水を全部、水差しに戻すと、④の酢のために全部の水が酸性になるから、あらためて注ぐと、四つとも透明な水にもどる。

 

4.火山が緑の山に

 

石綿の板の上に、重クロム酸アンモニウムの赤い粒で山をつくる。

そのてっぺんに火をつける。

やがて、この山は噴火を始める。( 暗室だといっそう美しい。)

燃えかすは、濃い緑色の灰( 酸化クロム )になる。

 

5.ケミカルガーデン

 

ケミカルガーデンとは化学の花園という意味である。

水ガラス( ケイ酸ナトリウム )を2倍の水で薄めた液に、いろいろの金属塩の結晶を落とすと、結晶の表面から金属のケイ酸塩が、木の枝のように次々と形成される。

 

6.ロケット

 

エンジンの中の固体燃料が燃焼して、気体を噴き出すため、針金を伝って動く。

 

(私注:部室の高い所に、部屋を斜めに横切るように細い針金を張って、小さな手製ロケットが滑って移動できるようにしてあった。)

 

7.レモン電池

 

十円玉2枚と一円玉2枚を、それぞれ一組にして、間に導線をはさむ。

 

(私注:縦割りにしたレモンの中に導線のついたコインを埋め込んだ図が描いてある。)

 

***Part4に続く*** 

 

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2017年

4月

13日

関屋中学・化学クラブ -Part2-

古びた木造校舎の奥の方の教室に、化学クラブ部室があった。

1階だったか2階だったか....。

 

重い引き戸を開けるとちょっと入ったところに、かなり大きな水槽が台の上にどんと置いてあった。

水槽の中では、鮮やかな赤や緑や青色の木の枝のような形をしたオブジェが”育って”いて、「これは、ケミカル・ガーデンというもので、、。」」と先輩が説明してくれた。

 

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ケミカル・ガーデンは化学の実験である。

実験方法はケイ酸ナトリウムの水溶液(水ガラス)に硫酸銅や塩化コバルトなどの個体金属塩を加えることである。

結果には数分〜数時間かかり、溶液の中に植物上のものが生成される。(Wikipediaより)

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水槽に満たした水ガラスの中に金属塩を少量入れると、互いが反応して、青や緑やオレンジ、紫や赤など色とりどりの美しい樹々が生まれる。(その色や形は、金属塩の種類に依る。)

初めて部室でケミカル・ガーデンを見た時、なんて奇妙で美しいんだろう、と思った。

 

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2017年

4月

06日

関屋中学・化学クラブ -Part1-

中学生の時、化学クラブに入っていた。

数学はチンプンカンプンなのに、なぜだか『化学』にときめいていた。

今、思い出しても本当にどうしてなのか分からない。

理数科目全般にほとんど縁の無い人生の中で、この中学三年間だけ、私は『化学ガール』だった。

 

 


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2017年

3月

26日

ガレージと梅の花

新潟にはほとんど毎月帰っていて、両親が残した様々なものを、昔を思い出して懐かしんだり、あまりの大量さを呪ったりしながら、一つ一つゆっくり整理している。

 

先月、近所の方から、うちの空いているガレージを貸してくれないかというお話があった。

父はたしか、70代後半で車の運転はやめていて、以来、ガレージは物置きのようになっている。

 

重いシャッターをガラガラと上げると、カビと埃の臭いがモワッと襲ってきた。

 

父が買い物に行く時に乗っていた電動のシルバーカーや錆びた自転車、いらなくなった家具や健康器具、茣蓙や絨毯、庭道具、その他いろいろな小物類が、ぐしゃっといっしょくたに、足の踏み場もないほどに置かれている。

これを片付けるとなると、えらいことだ、、。

 

高校時代に使っていた、髪のカール用のホットカーラー・セットが隅の方から出てきた。

毎朝、せっせとカーラーを巻きつけておしゃれをしていた高校生の私を思って、カビと埃まみれのガレージの中で、ふと遠い目になる私であった(笑)。

 

ガレージのすぐ傍が玄関に上がる数段の階段になっていて、玄関の周りには狭い前庭がある。

松や椿や梅の木が植わっているが、父は、肥料はあげるが剪定などはしない人で、庭木はそれぞれ自由奔放・勝手気儘に育っている。

まぁ、父は私にもそうであった(笑)。

 

ガレージと玄関を、処分する物を抱えて何回も行き来しつつ庭の方を見ると、2本の梅の木が競うように満開に咲いていた。

大きく横に伸びた枝々に、たくさんの淡い白色の小さな花と、その奥に濃い紅色の蕾がちらほら見える。

今年は、梅の見頃の時期にちょうど当たったんだなぁ、、。

 

主人がいなくなった家の庭で、手入れもされず、でも毎年春になるとこの梅たちは、こんなに綺麗な花を咲かせていたんだ....。

 

梅の香りが大好きな近所の友人が、数日前にくれた、「みっちゃんのおうちの梅が帰りを待つようにきれいに咲いています。…」というメールを思い出して、胸の奥がキュンとした。

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2017年

3月

14日

ヤクルト

この時期は毎年、朝起きてから夜寝るまで、花粉症のおかげでひどい目にあう。一年のうちで、一番晴れやかな気分で過ごしたい季節なのに、、。

厳しい冬が終わり体も心もほころんで、ちょっと薄着になって桜を見に行くとか、友だちと一緒におしゃべりしながら街を歩くとか、ここ数年、そんなちょっとした外出もためらってしまう。

 

花粉防止のマスクで息が苦しいし、目はむちゃくちゃ痒い、頭はぼっとする、鼻水は出る、、。

杉にも檜にも恨みはないのだけれども、そもそも一体どうしてこうなったんだ?と誰かに聞いてみたい気にもなる。

 

先日久しぶりに、ボーカルの多美ちゃんと青梅の公民館でリハーサルをする事になった。

う〜、青梅か、、。花粉が盛大に舞い飛んでるんだろうなぁ、、。

実はかなり以前、やはり春先に、多美ちゃんとこの場所でリハをやった事があって、その時は二人とも大きなマスクに涙目で、口には出さねどお互い同病相憐れむの風情だった。

 

それが、先日のリハの時。

私も多美ちゃんも、マスク無しで晴れやかだ。何か以前と違う、、。

「今年って花粉、飛んでないの?」と私が聞くと彼女は、そんな事はない、例年通りだと言う。

奇跡が起きて花粉症が治ったのか! 私は、お気楽にバンザ〜イと叫ぶ気持ちになったが、冷静な多美ちゃんは優雅に微笑みながら「ここのところ、ヤクルトを飲んでいて…。」と言う。

 

あれ? それはどこかで聞いたような、、。

そうだ。新潟で高校の同級生たちと飲んだ時に、「花粉症にヤクルトが効くらしい。」と話題に出た。

 

それ以前に私は、乳酸菌が腸のために良いというのをネットで見て、花粉症とは関係なくヤクルトを飲み始めていた。

花粉症とヤクルトの話を聞いた時は、ふ〜ん、そういう事もあるかもね、なんて軽い気持ちで聞いていたが、先日の多美ちゃんの一言で、「花粉症にヤクルトが効く。」説に、もの凄く激しく同意した(笑)。

 

完治したというのではないけれど、症状が格段に軽くなっているのは確かだ。

花粉症対策に何か薬を飲むという事もなかったから、効果があったとすれば、やっぱりヤクルトだと思う。

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2017年

2月

24日

誕生日に気付いた事。

実を言うと、今日は誕生日。

全くめでたくないなぁと思いながら、というか、ほとんど思い出しもせず、いつも通り一人晩酌をやっていた。

 

うちの家族は、母も父もあまり記念日というものに頓着がなく、小さい頃から、家族の誕生日は天下泰平・日々息災の日だった。(つまり、普通に1日が終わった....笑)

 


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2017年

2月

13日

*お詫び*

今朝、大変な事が判明しました。

当ブログの『お問い合わせはこちらから』に書き込みをして頂いた方々へ。

 

ブログ管理の作業で、メールアドレス設定の修正が遅れた為に、お問い合わせの内容が一部、こちらに届いていなかった事がわかりました。

大変申し訳ありません。(修正前のアドレスは現在、削除されています。)

ご迷惑をおかけして本当にごめんなさい!

 

ブログ本文のコメントは問題ありません。

これに懲りずに、どうぞまたこのブログを宜しくお願い致します m(_ _)m

 

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2017年

2月

11日

スキー

新潟出身というと、たいがい「雪が凄いでしょう。」と言われる。

新潟県は北東から南西に随分と長い県で、私が生まれた新潟市は、湯沢や十日町といった豪雪地帯とはだいぶ離れているし、日本海を隔てて佐渡島があるおかげでそれほどの大雪は降らない。

それでも、私が小さい頃は、新潟市内にも雪が今よりたくさん降った。

一番すごかった時は、一階の屋根まで雪が積もって玄関から出られなくなった。子供にとっては大イベントだが、大人たちはさぞ大変だったろうと思う。

毎年そうであれば備えがあるが、新潟市は、忘れた頃にドカッと降った。

 

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